島根県は「神話の国」として出雲大社や松江城、石見銀山遺跡などの国宝・世界遺産が点在しています。
13年連続日本一の庭園(足立美術館)や、宍道湖のシジミ、出雲そば、温泉といった豊かな歴史と自然が息づいています。
13年連続日本一の庭園(足立美術館)や、宍道湖のシジミ、出雲そば、温泉といった豊かな歴史と自然が息づいています。
出雲神話と神々
出雲の神々の話をとくに大きくとりあげているのが『古事記』で、一巻の六割は出雲の神話です。
※『古事記』は、太安万侶(おおのやすまろ)編纂。
※『日本書紀』は、天武天皇の皇子、舎人親王(とねりしんのう)編纂。
出雲神話には二つの流れがあります。ひとつはスサノヲやオホクニヌシが活躍する『古事記』(712年)と『日本書紀』にも一部紹介されている出雲神話、もうひとつは出雲の風土や文化を集めた『出雲風土記』(733年)の国引き神話です。
神話は初めから紙に書かれた物語ではありません。多くの語部(かたりべ)たちが民に口頭で話し、それを聞く民の関心や興味によって淘汰洗練されてきました。
語部(かたりべ)達により語り伝えられた昔話を手本とし、手本に沿って時の為政者の意図にあった物語を創作しています。しかし、寄せ集め故に辻褄の合わない展開や矛盾した現象が現れますが、大筋と結論が支配者にとって満足であれば良かったのです。
口承伝承されてきた物語を『古事記』は、元明天皇の命で稗田阿礼(ひえだのあれ)が聞き学び、太安万侶(おおのやすまろ)が編纂したとされています。
※711年に編纂された『古事記』の「序」に、編纂者である太安万侶が記しているところによると※壬申の乱で天下統一した天武天皇が律令国家を目指し国史の編纂を命じたとあります。
※711年:旧暦では和銅4年ですが、時の経緯が分かるように西暦で記しています。
※壬申の乱( じんしんのらん):672年に起きた、天智天皇の息子である大友皇子(おおとものおうじ) vs 天智天皇の弟である大海人皇子(おおあまのおうじ)が皇位継承をめぐり戦った日本の歴史上最大の内乱。弟の大海人皇子が勝利し、天武天皇として即位しました。そして天武天皇が「国の正しい歴史を残そう」と発案して始まったプロジェクトが、『古事記』や『日本書紀』の編纂です。
第40代天皇 天武天皇の即位は、673年3/20。初代天皇 神武天皇の即位は、紀元前660年2/11です。この日は日本の建国記念日です。
歴代天皇を記した『帝紀』や神話伝説や氏族の起源を記した『旧辞』には誤りがあるので訂正して残したいと天武天皇は思い、一度聴いたら記憶する稗田阿礼という※舎人(とねり)に帝紀と旧辞を誦(よ)み習わせました。しかし天武天皇の崩御により中断していました。
※舎人(とねり):天皇や皇族のそばに仕え、雑用や警護などを担当した役職
その後、元明天皇が太安万侶に稗田阿礼が誦(よ)んだものをまとめて献上せよと仰せられ和同5年(712年)、事細かに採録しました。
闇が風のように揺れ、水のように流れ、薄い水糊(みずのり)のように蠢(うごめ)きだすのだ。そのとき、闇夜から薄い光の帯が下りて夜と昼が現れた。そして、お粥(かゆ)のような地が生まれ、天と地に別れた。そして天に三柱の神様アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カムムスヒがお成りになった。
そこで三柱の神たちは、二人を呼びつけ「地上は水に浮かぶ脂やクラゲのようなものだ、固めて大地を作りなさい」と指示した。
怖さに慄(おのの)くイザナギ。激怒するイザナミ。イザナギは逃げる。イザナミは許さない。あれだけ愛し合った二人だが、醜い争いになった。
暗い洞窟を必死で逃げるイザナギにイザナミは黄泉の国の一番怖くて強い女軍団を追っ手に出しイザナギを追いかけた。
口は耳まで裂け、目は真っ赤に燃え盛り、唇から牙が出、爪は伸び放題、髪にはシラミがたかり、蚤がたかった着物ははだけ、あばら骨が丸見えだ。ところが腕力があって岩など木っ端微塵に砕いてしまう。裸足でも走るのが早い。
捕まりそうになりイザナギは髪飾りを投げつけた。髪飾りは、山ぶどうになった。醜い女は、直ぐに食べつくし、また追いかける。こんどは櫛を投げた。櫛は竹の子に変わる。これも直ぐに食い尽くし追いかける。
そこで杖や衣類を捨てると、そこからも神様が※お成りになった。そして、川に入り身体を清めると次から次と沢山の神様がお成りになられた。
次はスサノヲが、アマテラスの付けた勾玉(まがたま)を束ねた玉飾や髪飾りを次々ともらい受け、かみ砕いて吹き出すと五柱の男の神様がお成りになった。アマテラスは、私の持ち物 勾玉から男の神様が生まれたから私の勝ちだという。
スサノヲは、わしの心が清いからアマテラスに女の神様が生まれたのだからわしの勝ちだという。
最終的にお成りになった神は、元の持ち物主の神様のものになるということになった。よって、男神はアマテラスの子となり、女神はスサノヲの子となった。
「勝った勝った」と大騒ぎするスサノヲは、田の畔を壊し、溝を埋め、神殿に糞をまき散らし高天が原で大暴れをした。ひどい狼藉だが、アマテラスはスサノヲをかばった。
しかし、スサノヲの暴虐非道の行いは増々激しくなり、ついには機織り(はたおり)小屋の屋根に穴をあけ、そこから馬から剥いだ皮を投げつけた。
その皮を被った織女(はたおりおんな)が驚き、転倒し機織りの杼(ひ)が突き刺さり死んでしまった。それを見たアマテラスは天の岩戸を開くと閉じこもってしまった。
こまった八百万の神様は、天の安の河原に集まって相談をされた。そして一人の神様に知恵をしぼらせて、アマテラスを岩戸から引き出す算段をした。
※葦原の中つ国とは、私たちが住んでいるこの現実世界(地上)のことを指します。神々が住む高天原(天上)と死者が行く黄泉の国(地下)の「真ん中にある国」という意味でこう呼ばれます。
まず、※常世の長鳴き鳥(ニワトリ)を集めて、夜が明けたと告げさせた。次に、天の金山にある鉄を取り寄せて鍛冶屋に鏡を作らせた。それを立派な玉飾りなどと一緒に榊(さかき)に付けて神様に持たせ、別の神様が祝詞をあげます。そして天の岩戸の脇には力持ちの神様が隠れる。
そこに、着飾ったアメノウズメが小竹の葉を束ねて手に持ち、桶の上に立って足踏みをして踊り出した。周りの神様も面白がって囃し立てた。
天の岩戸の前は、盆踊りのように静かでもなく、炭坑節のようにおとなしくもない、無茶苦茶のサイケデリックなゴーゴーダンス会場であった。
※常世とは、海の彼方あるいは遠くにある不老不死の理想郷
すると、外の騒ぎにアマテラスは、天の岩戸を少し開き「暗いはずなのに、どうしてみんな楽しく騒いでいるのか」と声をかけた。
アメノウズメが「貴方より貴い神がいらっしゃるので喜んでいるのです」と鏡を差し出した。
それを見たアマテラスは、嫉妬したのか、好奇心なのか、それともわざとなのか、天の岩戸から一歩踏み出した。そのとき、力持ちの神様がアマテラスの手を引いて引き出し、別の神様が洞窟の入り口にしめ縄を張り渡した。
これでアマテラスは中に戻れない。すると暗かった高天が原も葦原の中つ国も明るくなった。
そして八百万の神様はスサノヲに沢山の尊いものを与え、そして伸びた髭と爪を切って穢れを祓い(けがれをはらい)高天原から追い払った。
殺されたホオゲツヒメの身体からは、次々といろんなものが生まれてきた。※頭から繭(まゆ)、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、なんと尻からは兎の糞のような大豆が出てきた。
※死体から新しい生命や糧が生まれるという物語は、世界中の神話(ハイヌウェレ型神話といいます)に見られる共通のテーマで再生の象徴でもあります。
※頭には繭(まゆ):当時の人にとって衣食住の衣と食は大切な物で衣服の原料となる繭もまた、神様から授かった神聖なものとして描かれているのです。
そこは出雲の国の肥の川、今の斐伊川の上流の鳥髪(とりかみ)の里、船通山のある村だ。鬱蒼と繁る大木の山々、晴れ渡った青空に飛翔する鷲、小風に揺れる野原を走り抜ける小動物。そして果てることのない水の流れ、その川辺には猫柳の木が生え、すばしこい魚影が水藻を揺らしていた。
スサノヲは銀色に輝く流れに導かれ川上へと行った。すると、川の上から箸が流れてきた。こんな所に人が住んでいるのかとスサノヲは大きく頷いた。
スサノヲは大股で上流へと草を踏みしめ歩いた。どんどん歩いていくと、老いた男と女が若い娘を挟んでシクシクと泣いていた。
スサノヲが「お前達は、何者だ」と、尋ねると、老いた男が「おらは※オホヤマツミの子でアシナヅチ、女房はテナヅチ、娘はクシナダヒメと言います」と答えた。
次に生暖かく、生臭い臭いが、体に纏わり付くように流れてきた。それは風ではない。なにも音はしていない。立ち込める雰囲気だ。
ついにヤマタノオロチが正体を現した。聞いていた通りに、体は一つなのに頭も尾も八つ、前身はコケに覆われ木が生えている。時折、見える腹は赤くただれて、ところどころ赤い血が重たげに流れ、目は真っ赤なホウズキの実の様だ。
館の中にいるスサノヲにはまだ見えないが、まとわりつく重苦しさに身震いしそうになった。気づかれてはいけない。ここには美しいクシナダヒメが一人いることになっている。女の寝息をしなくてはと、スサノヲは髪に刺した櫛を握った。
櫛は丸みを帯び、しっとり、柔らかく、手に貼り付くほどスベスベしている。スサノヲの心は落ち着きと同時に勇気も湧いてきた。
ヤマタノオロチも雰囲気がいつもと違う事に気づき暫く館の周りを回っていた。いつもは押し入ってから飲む酒が、今宵は館を囲む門にある。それも旨そうな臭いを醸している。それも二級酒でない、一級酒でもない、特級酒だ。それにみんなの分が、それぞれの門の前に置いてある。
「あやしいぞ」と真ん中の頭が目配せした。右の頭だけが頷いた。ほかの頭は赤い舌をだし、いまにも酒樽を開けそうだ。香りに陶酔している頭がほとんどだ。
ヤマタノオロチの真ん中の頭が、オナゴがいるか調べる為に館の中に音もなく、空中を這うように忍び込んできた。臭いを嗅ぎ風呂敷の中身の大きさを計った。赤い舌でオナゴが被る布団を舐めた。スサノヲは体を丸め震えてみせた。ヤマタノオロチは、ニヤっと初めて笑った。
飲んでも良いぞと合図すると、みんな酒樽に頭を突っ込んで浴びるように口からたらたら溢して飲みだした。
上等な米を磨きこみ、奇麗な水を汲んで醸造した酒だ。旨いだけでなく香りも良い、キレもある、そしてどこか思い出深い味がする。それは生まれる前の母の温もりのような奥深く優しい味だ。これが、八塩折(やしおり)の酒の特徴だ。
ヤマタノオロチの心にも響いたのだ。母を思い出すころには意識もなく、立ち上がることもできないほどに酔い、戦うことも、吼えることすらもできなかった。
成敗してやるとスサノヲは、布団を跳ねのけ立ち上がった。手には十拳(とつか)の剣を握りしめ飛びかかった。八つの頭のうち六つの首を叩き落とした。
ところが、真ん中の頭と右隣の頭は、眠たそうな眼をしていたが、目を見開き、飛びかかってきた。酒に強いのか、それとも気づいていたのかも知れない。しかし成敗した。
それだけでなく、クシナダヒメをヤマタノオロチから救った。
ひとりで寂しかったのか、愛に飢えていたのか、それとも母が恋しかったのか・・・
スサノヲは、クシナダヒメと暮らす宮殿造りの準備にかかった。それも、住むだけで無く、祭事や村を治める仕事もできる宮殿を造るにふさわしい場所を求めて旅に出た。きっと鳥髪から斐伊川を下られたことだろう。
今の大東(現在の雲南市)の須賀の地に来ると、スサノヲは「ここに来ると、心が清々しくなった。ここに新しい宮殿を造ることにする」と言われた。そしてこの地を清々しいから「須賀」と呼ぶようになった。
宮殿を造るからには、クシナダヒメだけでなく、親のテナヅチやアシナヅチも一緒だ。※国津神様だから身の回りをする者もいるだろう。スサノヲはいっぺんに大家族の長になった。それだけではなく、この一帯を治めなければならないので、そんな仕事をする人も集めた。
※国津神とは、天から降臨した神々ではなく元々、この地上(葦原の中つ国)に現れ住んでいた神々の総称。テナヅチやアシナヅチは、オホヤマツミの子供。
宮殿造は大勢の民達と一緒にやられた。苦しいことも、難しいこともあっただろうが、それでも踏ん張って出来あがった。
現代訳:「出雲の空に、幾重にも重なり合う美しい雲が立ちのぼっている。 私は大切な妻と一緒に暮らすために、この地に幾重にも垣根(お城)を作った。 まるで、あの雲のように立派な垣根を」※八重とは沢山という意味
八十の神たちは、「海の水で洗い、風通しのいい山の尾根の上でうつ伏せになっていると治る」と苦しんでいる赤裸のウサギに言った。ウサギは言われたままに塩水で洗い、うつ伏せになっていると、みるみるうちに塩が乾き、薄皮は剥がれ裂けてきた。痛くて痛くてたまらなくなりウサギはシクシク泣きだした。
そこに重い荷物を背負ったオホクニヌシがやってきた。「ウサギさん、どうして泣いているのか」と尋ねると、ウサギは身に起きたことを話し始めた。
私は一つ二つと数え、大地に着く寸前、嬉しくなって「わーい、騙された。こっちに来るために並んでもらったのだ」「怒ったワニは、私の皮を引き裂いたのです」と言った。
オホクニヌシは、それは嘘をつくお前さんが悪いと思ったが、痛がっているウサギには言えずだまって聞いていた。
オホクニヌシは、眠っているスサノヲの髪の毛を木に縛り付け、入り口を大きな岩で閉じた。黄泉の国からイザナミの追っ手をかわし逃げ出したイザナギと同じだ。
嫁さんのスセリビメを背負うと、スサノヲの宝物の生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)、それと国を治める儀式に使う天の詔琴(のりごと)を持って逃げだした。
ところが、手に持っていた天の詔琴(のりごと)の弦が木に触れて、大地が揺れ動くほどに大きな音を響かせた。スサノヲはその音に驚き、飛び起きた。
髪の毛は木に縛り付けられており、いろんなものが引き倒された。
そんな騒動の間にスセリビメを背負ったオオクニヌシは、遠くまで逃げることができた。
しかし、それでも髪の毛を解いたスサノヲは追いかけて来た。「葦原の中つ国」につながる黄泉の比良坂まで追いかけてきたが、オホクニヌシは、もう遠くまで逃げていた。
そんなオオクニヌシに、スサノヲは叫ばれました。
「ありがとう」「おーい、オオクニヌシ、お前さんが持って行った生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)で八十の神と戦い追い出してしまえ。そして葦原の中つ国を治めるのだ。お前が、その国の支配者になるんだ。それだけではない、我が娘のスセリビメを正妻にしろ」
スセリビメを嫁に取られて悔しいのと嬉しいのがごっちゃ混ぜになった気持だ。
いろんなものを手にしたオホクニヌシは、ついに八十の神に打ち勝つと、スサノヲが言ったとおりに「葦原の中つ国」を治められた。これが初めての国造りだ。
あれだけ八十の神に虐められ、二度も殺されたオホクニヌシだが、スサノヲからもらった武器がよほど凄かったのか、男の度量を鍛えられたのか、八十の神に打ち勝ったのだ。
出雲市には、オホクニヌシとヤガミヒメと子供の神様を祀る御井(みい)神社があり、木股神(きのまたがみ)と言って祀られている。
そうして、ヌナカワヒメの館に着くやいなや、閉じられた雨戸の前で、思いのたけを歌にして歌われた。
アマテラスは「地上の葦原の中つ国は、私の子が治めるべき国である。ところが、どうしたことか、ひどく騒がしく、荒ぶれる国津神が溢れているらしい。
誰か遣わして制圧したいが誰がいいかな」と、八百万の神々に言った。
皆が相談してアメノホヒが適任だとなり遣わすことになった。
ところが、アメノホヒは地上に下りても、オホクニヌシと戦うこともなく、逆にオホクニヌシになびいてしまった。三年たっても、なんの返事も知らせもしなかった。
アマテラスとタカミムスヒは、また八百万の神々を集めて「アメノホヒを地上に遣わしたが、なんの返事も寄こさない。次は誰を送ったらいいか」と問われた。すると、オモヒカネが「ここは、アマツクニタマノカミ(天津国玉神)の子 アメノワカヒコが適任です」と答えた。
今度は、オホクニヌシに負けないように威力のある弓矢を持たせた。
ところで、このアメノサグメという従者は、のちのち「あまのじゃく」になったということだ。「あまのじゃく」と言うのは、みんなが右と言うと左だと言ったり、好きなのに嫌いだと言ったりする、ひねくれものだ」。間違ってはいけないのは、自分のしっかりした考えで「違う」というのは、あまのじゃくではない。
拾ったのはアマテラスと一緒にいたタカミムスヒの神様。血の付いた矢を見てアマテラスは、アメノワカヒコの謀反だと思われただろう。
タカミムスヒは「アメノワカヒコが命令に背くことなく、悪い神を射った矢が、ここまで飛んできた流れ矢なら、今この矢を地上に投げればアメノワカヒコに当たる。もし、アメノワカヒコによこしまな考えがあったなら死ぬ」と、言い矢を飛んできた穴に突き刺した。
すると、寝ていたアメノワカヒコの胸に突き刺さり、死んでしまった。
「還し矢」とはここから生まれた言葉で「天に唾する」と同じ意味です。
上を向いて唾を吐くと自分の顔にかかる。正しいことに攻撃すると罰を受けるという意味。
アマテラスの命令で行ったのだから、その命令を実行しないといけない。自分で支配しようとするのは、よこしまな考えだということで、アマテラスとオホクニヌシのどちらが正しいということではない。
それと「雉の片道使い」という諺があるが、それもここからはじまった。「使いに行ったきり、音沙汰がないこと。返事を持って帰ってこないこと」を意味します。「行ったきり雀」や「梨のつぶて」と同じような意味です。
父親の※イツノヲハバリも、私よりも、私の息子であるタケミカヅチを送るのが良いでしょう」と推薦した。アマテラスも話し合いでは無理だと思われたのだ。アマテラスはアメノトリフネを付け、第三の使者として出雲に送った。アメノトリフネは、空を自由に飛べる神様だ。
タケミカヅチは、イザナギが火神を剣で切り殺したときに血が飛び散って生まれた神様だから戦ごとの好きな最強の武神だ。
※イツノヲハバリ(天之尾羽張 )とは、神様であり、イザナギが、愛する妻イザナミを死なせる原因となった火の神カグツチを斬った剣そのものでもある。 この時、剣の先についた血から、タケミカヅチが生まれています。
「我はタケミカヅチ、アマテラスと※タカギの神様タカミムスヒの仰せに従って、おぬしに問うためにやってきた。アマテラスは、この葦原の中つ国は我が子が治めるべき国であるとおっしゃった。そこで聞く、われの考えは如何に」
※タカギの神様とは、「高くそびえ立つ木」を神格化したもの。古来、高い木は神様が降りてくる目印(依り代)と考えられていたため、生命力の象徴や、天と地をつなぐ非常にパワフルな神様とされていた。
そこで、オホクニヌシは答えた。「わしは申し上げられない。すでに隠居している。あとを継いだ息子のコトシロヌシに聞いてくれ。しかし、やつは魚を獲りに美保の岬にでかけている」
「オホクニヌシさんがスクナビコナに会ったとこかね」
『出雲神話』は、『古事記』や『日本書紀』にのっている神話。
神様のヤツカミズオミヅヌノミコトは持っていた杖を力いっぱい大地に突き刺す
と「国を引き終えたぞ」と叫ばれた。杖を突き刺した辺りを「おえ」が変化して意宇(おう)と言うようになった。
安山岩などの岩盤が地殻変動や断層を繰り返し割れ目ができました。そこに日本海独特の荒波や暴風が吹き付けて、長い年月をかけて出来上がった洞窟です。
ちなみに二つの洞窟は、新潜戸と旧潜戸といいます。真潜戸は三つの入り口があって、高さ40メートル、長さは200メートルもああます。
ここで「佐陀神能(さだしんのう)」が舞われます。出雲神楽の代表的なもので、出雲の神楽全体に深く影響を及ぼしています。
「七座(しちざ)神事」「式三番(しきさんばん)」「神能」の三部から構成されています。
佐陀神能は昭和51年5月に国の重要無形民俗文化財に指定され、平成23年11月ユネスコ無形文化遺産リストに登録されました。
スサノヲがヤマタノオロチから取り出した「草薙剣」も、この儀式で受け継がれていきます。
この儀式は皇居の「正殿 松の間(せいでん まつのま)」でとりおこなわれます。
儀式に用意される三種の神器は、熱田神宮にある草薙剣は、形代(身代わり)が用意され、皇居にある八尺瓊勾玉、伊勢神宮にあるアマテラスの魂とされる八咫鏡は、あまりに神聖なため儀式の場には持ち出されませんが、賢所(かしこどころ)という場所で別の儀式が行われます。
儀式自体は非常に短く数分で終わります。この数分で「数千年の歴史」が引き継がれます。
三種の神器は、「誰も見てはいけない」ことになっていて、剣も勾玉も立派な箱に入ったまま布で包まれていて天皇陛下ご自身も中身を見ることはありません。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)を 江戸時代、熱田神宮の神職がこっそり中身を見たという記録があります。それによると「長さ約80cm、白く光る金属製で、菖蒲の葉のような形」をしていたそうです。しかし、見た者たちは次々と病に倒れたとの恐ろしいオチがついています。
三種の神器を引き継いだ天皇即位後、数ヶ月〜1年後に行われるのが、一代に一度きりの大嘗祭(だいじょうさい)です。これが最も神秘的です。
新天皇が、その年に獲れたお米を、天照大御神(アマテラス)をはじめとする神々に供え、天皇ご自身も一緒に召し上がる儀式です。
「神様と一体になる」 この儀式を通じて、天皇は神々の力を受け継ぎ、名実ともに「日本の王」になられると考えられています。
神話の里・出雲大社: 縁結びの神様として全国から参拝者が訪れ、※神在月には神々が集う場所。
国宝・名城と歴史: 松江城(国宝)、石見銀山遺跡(世界遺産)、津和野の街並みなど、歴史的価値の高い場所が豊富。
日本一の庭園: 足立美術館はアメリカの日本庭園専門誌で長年連続1位に選ばれる名園。
名湯の宝庫: 温泉津(ゆのつ)温泉、玉造温泉など、美肌の湯としても知られる温泉地が点在。
※神在月(かみありずき)神無月(かんなずき)は、旧暦の10月。
日本中の八百万(やおよろず)の神様たちが、島根県の出雲大社に集まって「縁結び」の会議を開くという伝承が元です。
神在月は、全国の神様が出雲に集まってきているという意味 で島根県・出雲地方だけの特別な呼び方。
神無月は、全国の神様が出雲へ出かけてしまい、各地に神様がいなくなるから。
また、神楽殿正面には大しめ縄があり、その迫力に圧倒されます。
なお出雲大社の参拝は、「二礼四拍手一礼」が好ましいとされています。
最上階の望楼から見る景色はすばらしい見晴らし。また、城内にある興雲閣はレトロな洋館で、おしゃれな雰囲気に包まれています。
泉質はナトリウム・カルシウム・硫酸塩・塩化物泉を含んだ弱アルカリ性で、お肌がツルツルになると名高い美肌温泉です。
温泉の効果で肌のしっとり感が長続きし、古い角質も取ってくれます。
湖畔にはカフェが点在していて、湖を眺めながらのカフェタイムで極上の癒し時間を過ごせます。
模型や映像で石見銀山を知ることが出来る展示室の他に、低融点合金を使用した丁銀つくり体験や、本物の銀粒を持って帰れる銀探し体験も出来て、お土産や記念品としても好評です。
古き良きものと、先進的なおしゃれが見事に溶け合った通りです。
石畳の殿町通り、鯉が泳ぐ掘割、赤瓦の家々、太皷谷稲成神社の千本鳥居、そして周囲の山々の緑が調和した、静謐で情緒あふれる空間が広がっています。
秋から冬にかけて旬を迎え、寒い季節ほど脂がのって美味しさが増します。
飲食店では塩焼きや煮付け、刺身をはじめ、炙りや寿司で楽しめます。
きめ細やかな霜降りと上品な脂の甘みが特徴です。潮風を受けた牧草と清らかな水で育つことで、肉質はやわらかく、旨みが濃厚ながら後味はさっぱりとしています。
パン粉を付けて揚げてあり、サクッとした食感とピリッとした辛さ、魚の旨みが絶妙に調和しています。出雲地方を中心に昔から親しまれており、島根県民のソウルフードとして人気です。
出雲地方を中心に古くから親しまれており、新鮮なあごの風味を活かした素朴な味わいが魅力です。
春から初夏のあご漁の時期が旬で、産卵のために回遊してくる脂がのったあごを使うことで、よりコクのある味わいになります。
江戸時代の倹約令の影響で贅沢を隠すための工夫が始まりといわれています。
その後、元明天皇が太安万侶に稗田阿礼が誦(よ)んだものをまとめて献上せよと仰せられ和同5年(712年)、事細かに採録しました。
序
高天原(たかまがはら)を追い出され出雲に降り立った暴れん坊のスサノヲが出会ったのが、泣き崩れるクシナダヒメ(別名稲田姫)と両親(アシナヅチとテナヅチ)でした。
アシナヅチは自分を※「国津神」と紹介し、ヤマタノオロチに娘たちが食べられてきた経緯を話します。
※「国津神」:アマテラス系は天津神で、出雲系は国津神
アシナヅチは自分を※「国津神」と紹介し、ヤマタノオロチに娘たちが食べられてきた経緯を話します。
※「国津神」:アマテラス系は天津神で、出雲系は国津神
頭が八つに尾が八つ、八つの山と八つの谷にまたがる大きなヤマタノオロチには二つの仮説があります。氾濫する斐伊川(ひいがわ)に形容した自然説と、たたら製鉄の職人集団を抽象した他部族説があります。
ヤマタノオロチを斐伊川という自然神とすると自然を治めたとなり、ヤマタノオロチを製鉄の集団と仮定すると、この地でたたら製鉄の種族と稲作の種族がいて工業か稲作かで抗争していた。そこにスーパースター、スサノヲが現れ平定するという物語になります。
ヤマタノオロチを斐伊川という自然神とすると自然を治めたとなり、ヤマタノオロチを製鉄の集団と仮定すると、この地でたたら製鉄の種族と稲作の種族がいて工業か稲作かで抗争していた。そこにスーパースター、スサノヲが現れ平定するという物語になります。
一話 国造り神話
世界と大地が出来るずっと前、まだ昼と夜や空と海の区別もない暗い闇だった頃の話だ。闇が風のように揺れ、水のように流れ、薄い水糊(みずのり)のように蠢(うごめ)きだすのだ。そのとき、闇夜から薄い光の帯が下りて夜と昼が現れた。そして、お粥(かゆ)のような地が生まれ、天と地に別れた。そして天に三柱の神様アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カムムスヒがお成りになった。
イザナギとイザナミの国造り
沼のような地上に※神様は生まれたが、みんな長く続かない。ついに、スサノヲのお父さんとお母さんがお成りになった。名前はイザナギにイザナミ。そこで三柱の神たちは、二人を呼びつけ「地上は水に浮かぶ脂やクラゲのようなものだ、固めて大地を作りなさい」と指示した。
※神様は生まれたが、みんな長く続かない:八百万(やおろず)の神=数えきれないほど無限に、あらゆる場所に神様が宿っているという日本独自の自然観や信仰を表しています。
天の浮橋に立った二人は矛を使ってかき回し、オノゴロ島を造られた。そこに降り立ったイザナギとイザナミはまぐわって、多くの島(14個)と沢山の八百万神様を創った。ところが、火の神を生んだイザナミは大火傷して亡くなってしまった。イザナギは、イザナミを出雲の国の比婆(ひば)の山に葬り、悲しくて泣き続けた。
黄泉(よみ)の国での戦い
一度はイザナミの死を受け入れたイザナギであったが、どうしても忘れられない。地上と地下の入り口には大きな岩があって、それを挟んでイザナギはイザナミと話をしたそうだ。黄泉の神様と相談してみるといったイザナミだったが、なかなか出てこない。痺れを切らしたイザナギは灯を付けて洞窟に入った。そこには腐り果て、ウジが湧いたイザナミがいた。驚いたイザナギは悲鳴を上げて逃げ出した。
怖さに慄(おのの)くイザナギ。激怒するイザナミ。イザナギは逃げる。イザナミは許さない。あれだけ愛し合った二人だが、醜い争いになった。
暗い洞窟を必死で逃げるイザナギにイザナミは黄泉の国の一番怖くて強い女軍団を追っ手に出しイザナギを追いかけた。
口は耳まで裂け、目は真っ赤に燃え盛り、唇から牙が出、爪は伸び放題、髪にはシラミがたかり、蚤がたかった着物ははだけ、あばら骨が丸見えだ。ところが腕力があって岩など木っ端微塵に砕いてしまう。裸足でも走るのが早い。
捕まりそうになりイザナギは髪飾りを投げつけた。髪飾りは、山ぶどうになった。醜い女は、直ぐに食べつくし、また追いかける。こんどは櫛を投げた。櫛は竹の子に変わる。これも直ぐに食い尽くし追いかける。
イザナミは、自分の体にまとわりついていた魔物を差し向けた。
イザナギが、境界線の黄泉比良坂(よもつひらさか)で、桃の実を三つ取って投げつけると魔物はやっと退散した。
ところがイザナミだけは違った。どんどん迫ってくる。捕まれば殺される。
やっと洞窟の出口を岩で蓋をした。ところが岩の向こうからイザナミが、「お前の国の人間を毎日千人殺す」と脅してくる。イザナギは「毎日千五百人の赤ん坊を生む」と答えたそうだ。これが、イザナギとイザナミの永遠の別れとなった。
イザナギが、境界線の黄泉比良坂(よもつひらさか)で、桃の実を三つ取って投げつけると魔物はやっと退散した。
ところがイザナミだけは違った。どんどん迫ってくる。捕まれば殺される。
やっと洞窟の出口を岩で蓋をした。ところが岩の向こうからイザナミが、「お前の国の人間を毎日千人殺す」と脅してくる。イザナギは「毎日千五百人の赤ん坊を生む」と答えたそうだ。これが、イザナギとイザナミの永遠の別れとなった。
三貴子(さんきし)の誕生
無事、黄泉の国から生還したイザナギは、汚れた身体を清める禊(みそぎ)をするため日向の里(今の九州南部辺り)に出かけた。そこで杖や衣類を捨てると、そこからも神様が※お成りになった。そして、川に入り身体を清めると次から次と沢山の神様がお成りになられた。
※お成りになった:高貴な人に使う言葉で、「来る」「生まれる」の意味があります。
禊の最後に顔を洗われた。まず左目を洗った時に現れた神様がアマテラス、次に右目を洗うとツキヨミ、鼻を洗った時にスサノヲが現れた。
これが偉い三人の神様、三貴子です。
アマテラスとツキヨミは頷いたが、スサノヲは泣いて嫌がった。ひげが胸元に届くような大人になっても青山が枯れるほど泣き続け、災いが起きた。
困り果てたイザナギが理由を問うと、「母の居る※根の堅州の国(ねのかたすのくに)に行きたい」と言う。
※根の堅州の国は、亡き母であるイザナミがいる黄泉の国(死者の世界)と繋がっていると考えられていた。
これが偉い三人の神様、三貴子です。
二話 高天原神話
高天原に出て行くスサノヲ
三人の親神であるイザナギは三貴神に「姉のアマテラスは天上を、次のツキヨミは夜の世界を、そして、スサノヲは海原を治めよ」と、それぞれに役割を告げられた。アマテラスとツキヨミは頷いたが、スサノヲは泣いて嫌がった。ひげが胸元に届くような大人になっても青山が枯れるほど泣き続け、災いが起きた。
困り果てたイザナギが理由を問うと、「母の居る※根の堅州の国(ねのかたすのくに)に行きたい」と言う。
※根の堅州の国は、亡き母であるイザナミがいる黄泉の国(死者の世界)と繋がっていると考えられていた。
イザナギは、自分の命令を聞かずに泣いてばかりいるスサノヲに激怒し追放(勘当)します。
※母イザナミ:スサノヲは、イザナギが一人で禊をした時に鼻から生まれているので一度も会ったことのない母イザナミにどうしても会いたいという、強いマザー・コンプレックスとも言える情愛を抱いていた。
※母イザナミ:スサノヲは、イザナギが一人で禊をした時に鼻から生まれているので一度も会ったことのない母イザナミにどうしても会いたいという、強いマザー・コンプレックスとも言える情愛を抱いていた。
親神のイザナギに追いやられたスサノヲは、姉のアマテラスに別れを告げようと高天原に登っていった。それはそれは荒々しくドッスン、ドッスン、ド・ド・ド・ドッスンと大地は揺れ天はどよめく程であった。
それを見たアマテラスはスサノヲが高天原を奪いに来たと思い男の格好をし武装した。
「スサノヲよ、何しに来た」
「やましい考えはありません。母神の国に行きたいと父神に言うと、それはならぬと追い出されたのです。そこで姉上にお暇乞(いとまご)いをしに来ただけです」
アマテラスは信用しません。そこでスサノヲは「清い心を証明するために、※うけひ(誓約)をして子を産みましょう」と提案した。
※うけひ(誓約)とは、占いの一種。
それを見たアマテラスはスサノヲが高天原を奪いに来たと思い男の格好をし武装した。
「スサノヲよ、何しに来た」
「やましい考えはありません。母神の国に行きたいと父神に言うと、それはならぬと追い出されたのです。そこで姉上にお暇乞(いとまご)いをしに来ただけです」
アマテラスは信用しません。そこでスサノヲは「清い心を証明するために、※うけひ(誓約)をして子を産みましょう」と提案した。
※うけひ(誓約)とは、占いの一種。
天の安の河原(あまのやすのかわら)のうけひ(誓約)
そこで、アマテラスとスサノヲは天の安の河原を挟んで互いの持ち物を交換した。まずアマテラスが、スサノヲの十拳の剣(とつかのつるぎ)をもらい受け、かみ砕くと息吹のごとく吹き出し、そこから三柱の女の神さまがお成りになった。次はスサノヲが、アマテラスの付けた勾玉(まがたま)を束ねた玉飾や髪飾りを次々ともらい受け、かみ砕いて吹き出すと五柱の男の神様がお成りになった。アマテラスは、私の持ち物 勾玉から男の神様が生まれたから私の勝ちだという。
スサノヲは、わしの心が清いからアマテラスに女の神様が生まれたのだからわしの勝ちだという。
最終的にお成りになった神は、元の持ち物主の神様のものになるということになった。よって、男神はアマテラスの子となり、女神はスサノヲの子となった。
「勝った勝った」と大騒ぎするスサノヲは、田の畔を壊し、溝を埋め、神殿に糞をまき散らし高天が原で大暴れをした。ひどい狼藉だが、アマテラスはスサノヲをかばった。
しかし、スサノヲの暴虐非道の行いは増々激しくなり、ついには機織り(はたおり)小屋の屋根に穴をあけ、そこから馬から剥いだ皮を投げつけた。
その皮を被った織女(はたおりおんな)が驚き、転倒し機織りの杼(ひ)が突き刺さり死んでしまった。それを見たアマテラスは天の岩戸を開くと閉じこもってしまった。
天の岩戸 暗闇になった世界
すると世の中は真っ暗になった。高天が原はもちろん、※葦原の中つ国も真っ暗になったそうだ。そうすると悪い神様が飛びまわり、食べ物は育たない、病気が流行るなどなど大変なことが次々と起きたそうだ。こまった八百万の神様は、天の安の河原に集まって相談をされた。そして一人の神様に知恵をしぼらせて、アマテラスを岩戸から引き出す算段をした。
※葦原の中つ国とは、私たちが住んでいるこの現実世界(地上)のことを指します。神々が住む高天原(天上)と死者が行く黄泉の国(地下)の「真ん中にある国」という意味でこう呼ばれます。
まず、※常世の長鳴き鳥(ニワトリ)を集めて、夜が明けたと告げさせた。次に、天の金山にある鉄を取り寄せて鍛冶屋に鏡を作らせた。それを立派な玉飾りなどと一緒に榊(さかき)に付けて神様に持たせ、別の神様が祝詞をあげます。そして天の岩戸の脇には力持ちの神様が隠れる。
そこに、着飾ったアメノウズメが小竹の葉を束ねて手に持ち、桶の上に立って足踏みをして踊り出した。周りの神様も面白がって囃し立てた。
天の岩戸の前は、盆踊りのように静かでもなく、炭坑節のようにおとなしくもない、無茶苦茶のサイケデリックなゴーゴーダンス会場であった。
※常世とは、海の彼方あるいは遠くにある不老不死の理想郷
すると、外の騒ぎにアマテラスは、天の岩戸を少し開き「暗いはずなのに、どうしてみんな楽しく騒いでいるのか」と声をかけた。
アメノウズメが「貴方より貴い神がいらっしゃるので喜んでいるのです」と鏡を差し出した。
それを見たアマテラスは、嫉妬したのか、好奇心なのか、それともわざとなのか、天の岩戸から一歩踏み出した。そのとき、力持ちの神様がアマテラスの手を引いて引き出し、別の神様が洞窟の入り口にしめ縄を張り渡した。
これでアマテラスは中に戻れない。すると暗かった高天が原も葦原の中つ国も明るくなった。
そして八百万の神様はスサノヲに沢山の尊いものを与え、そして伸びた髭と爪を切って穢れを祓い(けがれをはらい)高天原から追い払った。
三話 ヤマタノオロチ退治伝説
種や蚕を持ち帰ったスサノヲ
スサノヲは、高天ヶ原を追い出され地上に舞い戻ることになった。地上に向かうスサノヲは腹が減り、ホオゲツヒメに食べ物をくれと求めた。するとホオゲツヒメは、鼻や口だけでなく尻の穴からも食べ物を出した。 「汚いものを食べさせようとしている」と勘違いしたスサノヲは、怒って切り殺します。殺されたホオゲツヒメの身体からは、次々といろんなものが生まれてきた。※頭から繭(まゆ)、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、なんと尻からは兎の糞のような大豆が出てきた。
※死体から新しい生命や糧が生まれるという物語は、世界中の神話(ハイヌウェレ型神話といいます)に見られる共通のテーマで再生の象徴でもあります。
※頭には繭(まゆ):当時の人にとって衣食住の衣と食は大切な物で衣服の原料となる繭もまた、神様から授かった神聖なものとして描かれているのです。
そして、高天が原にいるカムムスヒとおっしゃる神様は、これをもって行きなさいと大切な農作物の種をスサノヲに持たせた。スサノヲは、これらの大切な農作物の種を持って地上へと降りて来られた。
奥出雲の鳥髪に降り立つスサノヲ
それは、それは、荒々しく、天を引き裂き、大地を揺らし、電撃石化の雷のごとく飛び降りた。いよいよスサノヲが地上に降りて来た。そこは出雲の国の肥の川、今の斐伊川の上流の鳥髪(とりかみ)の里、船通山のある村だ。鬱蒼と繁る大木の山々、晴れ渡った青空に飛翔する鷲、小風に揺れる野原を走り抜ける小動物。そして果てることのない水の流れ、その川辺には猫柳の木が生え、すばしこい魚影が水藻を揺らしていた。
スサノヲは銀色に輝く流れに導かれ川上へと行った。すると、川の上から箸が流れてきた。こんな所に人が住んでいるのかとスサノヲは大きく頷いた。
スサノヲは大股で上流へと草を踏みしめ歩いた。どんどん歩いていくと、老いた男と女が若い娘を挟んでシクシクと泣いていた。
スサノヲが「お前達は、何者だ」と、尋ねると、老いた男が「おらは※オホヤマツミの子でアシナヅチ、女房はテナヅチ、娘はクシナダヒメと言います」と答えた。
※オホヤマツミは、山の神です
スサノヲはさらに「なんで泣いているのか」と聞く。「わしらには八人の娘がいたが、高志(こし)のヤマタノオロチが毎年やって来て、娘を一人ずつ食べてしまいました。その日が今年も来ました。これが最後の娘です。それで泣いております」と爺さんは答えた。
「なんということだ。そいつはどんな悪党だ」
婆さんも娘も顔を伏せて泣くだけで何も話しません。
スサノヲは「その娘をわしにくれるか」
爺さんは、首を振り「お前さんは、誰だか分らん」
「わしは、アマテラスを姉とするスサノヲだ。今さっき、高天ヶ原から帰ってきたところだ」
爺さん(アシナヅチ)と婆さん(テナヅチ)はひれ伏し「それは、それは、大変失礼なことを致しました。娘を差し上げます」
スサノヲは娘を奇麗な櫛に変え髪に刺し「わしがヤマタノオロチを退治してやるから次の物を準備をしなさい」と爺さんと婆さんに言った。
「まず、※八塩折(やしおり)の酒を造りなさい。次に、館の周りに垣根を作り、垣根に八つの門を作り、門ごとに強い酒を樽ごと置きなさい」というと、スサノヲは戦いの準備を始めた。
※八塩折(やしおり)の酒とは、何度も何度も繰り返し醸造した、物凄く度数の高い濃いお酒。
それは、風が吹くのでもない、動物が動いたのでもない。むしろ動物はじっと死んだふりをしているのだが、森が、川が、木々が、草が、何かに怯えている。
「なんということだ。そいつはどんな悪党だ」
婆さんも娘も顔を伏せて泣くだけで何も話しません。
ヤマタノオロチとクシナダヒメ
爺さんが「目は鬼灯(ほおずき)のごとく赤くランランと燃え、体はひとつだが頭が八つに尾が八つ、体には苔や桧杉が生え、その長さは八つの谷と山に匹敵するほど大きく、腹はあちらこちらが引き裂かれ血でただれています」とスサノヲに言った。スサノヲは「その娘をわしにくれるか」
爺さんは、首を振り「お前さんは、誰だか分らん」
「わしは、アマテラスを姉とするスサノヲだ。今さっき、高天ヶ原から帰ってきたところだ」
爺さん(アシナヅチ)と婆さん(テナヅチ)はひれ伏し「それは、それは、大変失礼なことを致しました。娘を差し上げます」
スサノヲは娘を奇麗な櫛に変え髪に刺し「わしがヤマタノオロチを退治してやるから次の物を準備をしなさい」と爺さんと婆さんに言った。
「まず、※八塩折(やしおり)の酒を造りなさい。次に、館の周りに垣根を作り、垣根に八つの門を作り、門ごとに強い酒を樽ごと置きなさい」というと、スサノヲは戦いの準備を始めた。
※八塩折(やしおり)の酒とは、何度も何度も繰り返し醸造した、物凄く度数の高い濃いお酒。
ヤマタノオロチ退治
いよいよ、スサノヲとヤマタノオロチの対決だ。山も川も野原も静まりかえっている。館の周りも重苦しい静けさだ。月が雲に隠れ、何かに怯えるように空気が騒めき(ざわめき)だした。それは、風が吹くのでもない、動物が動いたのでもない。むしろ動物はじっと死んだふりをしているのだが、森が、川が、木々が、草が、何かに怯えている。
次に生暖かく、生臭い臭いが、体に纏わり付くように流れてきた。それは風ではない。なにも音はしていない。立ち込める雰囲気だ。
ついにヤマタノオロチが正体を現した。聞いていた通りに、体は一つなのに頭も尾も八つ、前身はコケに覆われ木が生えている。時折、見える腹は赤くただれて、ところどころ赤い血が重たげに流れ、目は真っ赤なホウズキの実の様だ。
館の中にいるスサノヲにはまだ見えないが、まとわりつく重苦しさに身震いしそうになった。気づかれてはいけない。ここには美しいクシナダヒメが一人いることになっている。女の寝息をしなくてはと、スサノヲは髪に刺した櫛を握った。
櫛は丸みを帯び、しっとり、柔らかく、手に貼り付くほどスベスベしている。スサノヲの心は落ち着きと同時に勇気も湧いてきた。
ヤマタノオロチも雰囲気がいつもと違う事に気づき暫く館の周りを回っていた。いつもは押し入ってから飲む酒が、今宵は館を囲む門にある。それも旨そうな臭いを醸している。それも二級酒でない、一級酒でもない、特級酒だ。それにみんなの分が、それぞれの門の前に置いてある。
「あやしいぞ」と真ん中の頭が目配せした。右の頭だけが頷いた。ほかの頭は赤い舌をだし、いまにも酒樽を開けそうだ。香りに陶酔している頭がほとんどだ。
ヤマタノオロチの真ん中の頭が、オナゴがいるか調べる為に館の中に音もなく、空中を這うように忍び込んできた。臭いを嗅ぎ風呂敷の中身の大きさを計った。赤い舌でオナゴが被る布団を舐めた。スサノヲは体を丸め震えてみせた。ヤマタノオロチは、ニヤっと初めて笑った。
飲んでも良いぞと合図すると、みんな酒樽に頭を突っ込んで浴びるように口からたらたら溢して飲みだした。
上等な米を磨きこみ、奇麗な水を汲んで醸造した酒だ。旨いだけでなく香りも良い、キレもある、そしてどこか思い出深い味がする。それは生まれる前の母の温もりのような奥深く優しい味だ。これが、八塩折(やしおり)の酒の特徴だ。
ヤマタノオロチの心にも響いたのだ。母を思い出すころには意識もなく、立ち上がることもできないほどに酔い、戦うことも、吼えることすらもできなかった。
成敗してやるとスサノヲは、布団を跳ねのけ立ち上がった。手には十拳(とつか)の剣を握りしめ飛びかかった。八つの頭のうち六つの首を叩き落とした。
ところが、真ん中の頭と右隣の頭は、眠たそうな眼をしていたが、目を見開き、飛びかかってきた。酒に強いのか、それとも気づいていたのかも知れない。しかし成敗した。
ヤマタノオロチに勝ったスサノヲは、胴体や太い尾を切りはじめた。流れ出る血は斐伊川に流れ、真っ赤に染まったそうだ。
ところが、切ろうとしたひとつの尾に刀が折れてしまった。そこから、それは、それは切れ味のいい丈夫な刀が出てきた。それが草薙剣という※三種の神器のひとつです。
※三種の神器とは、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)です。これらは歴代の天皇が継承してきた、皇位の証となる最も神聖な宝物です。
八尺瓊勾玉は、知恵・太陽を象徴するもので現在は皇居にあります。
八咫鏡は、慈しみ・魂を象徴するもので現在は伊勢神宮にあります。
草薙剣は、勇気・武力を象徴するもので現在は熱田神宮にあります。
草薙剣のもともとの名前は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)といいます。高天原を追放されたスサノヲノミコト(素戔嗚尊)が、ヤマタノオロチ(八岐大蛇)を退治した際、尾の中から一振りの見事な剣が出てきた。あまりに神々しいのでスサノヲはこれをアマテラスオオミカミ(天照大神) に献上しました。
それから数百年後、第12代景行天皇の皇子であるヤマトタケルノミコト(日本武尊)が東征(東日本の征服)の際、駿河国(現在の静岡県)で敵の計略にはまり、野原で周囲に火を放たれました。絶体絶命の瞬間、彼は叔母のヤマトヒメノミコト(倭姫命)から授かっていた天叢雲剣で、自分の周りの草を刈り払い、迎え火を放って難を逃れました。
ところが、切ろうとしたひとつの尾に刀が折れてしまった。そこから、それは、それは切れ味のいい丈夫な刀が出てきた。それが草薙剣という※三種の神器のひとつです。
※三種の神器とは、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)です。これらは歴代の天皇が継承してきた、皇位の証となる最も神聖な宝物です。
八尺瓊勾玉は、知恵・太陽を象徴するもので現在は皇居にあります。
八咫鏡は、慈しみ・魂を象徴するもので現在は伊勢神宮にあります。
草薙剣は、勇気・武力を象徴するもので現在は熱田神宮にあります。
草薙剣のもともとの名前は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)といいます。高天原を追放されたスサノヲノミコト(素戔嗚尊)が、ヤマタノオロチ(八岐大蛇)を退治した際、尾の中から一振りの見事な剣が出てきた。あまりに神々しいのでスサノヲはこれをアマテラスオオミカミ(天照大神) に献上しました。
それから数百年後、第12代景行天皇の皇子であるヤマトタケルノミコト(日本武尊)が東征(東日本の征服)の際、駿河国(現在の静岡県)で敵の計略にはまり、野原で周囲に火を放たれました。絶体絶命の瞬間、彼は叔母のヤマトヒメノミコト(倭姫命)から授かっていた天叢雲剣で、自分の周りの草を刈り払い、迎え火を放って難を逃れました。
この「草を薙ぎ払って難を逃れた」というエピソードから、草薙の剣という名が定着したとされています。
出雲の国造りは戦いの歴史でもありヤマタノオロチ退治が部族同士の戦いであったと解釈していいのです。
・ヤマタノオロチを斐伊川の氾濫と考え、田んぼも家も流されて困るので治水で川の氾濫を収めた。あるいは持ち帰った種と農民の「テナヅチ、アシナヅチ」をくっつけて灌漑工事による農業の発展を表現したのかもしれません。
・オロチの尾から出てきた草薙剣をたたら製鉄の象徴とすると、工業と農業のせめぎあいとも解釈できます。
・ヤマトに繋がる前に出雲の民がいた。そこには出雲の民とは異なるヤマタノオロチ族もいて戦が繰り広げられていたとも解釈できます。
根の堅州の国に行きたいと泣き叫び、山を枯らしたスサノヲが、高天ヶ原では乱暴狼藉をはたらきアマテラスを困らせたスサノヲが、追放され地上に降りる途中で食い物をくれたオホゲツヒメを、出し方が汚いと殺めたスサノヲが、出雲の国の山奥の船通山(鳥髪山)にくると、すっかり心を入れ替えていた。
ヤマタノオロチは何を現わしているのか
神話や昔話にはいろんなことが含まれおり、時代によって変わりもする。出雲の国造りは戦いの歴史でもありヤマタノオロチ退治が部族同士の戦いであったと解釈していいのです。
・ヤマタノオロチを斐伊川の氾濫と考え、田んぼも家も流されて困るので治水で川の氾濫を収めた。あるいは持ち帰った種と農民の「テナヅチ、アシナヅチ」をくっつけて灌漑工事による農業の発展を表現したのかもしれません。
・オロチの尾から出てきた草薙剣をたたら製鉄の象徴とすると、工業と農業のせめぎあいとも解釈できます。
・ヤマトに繋がる前に出雲の民がいた。そこには出雲の民とは異なるヤマタノオロチ族もいて戦が繰り広げられていたとも解釈できます。
四話 最初の和歌
ヤマタノオロチ退治後のスサノヲ
ヤマタノオロチを退治したスサノヲは、約束通りクシナダヒメと夫婦になった。根の堅州の国に行きたいと泣き叫び、山を枯らしたスサノヲが、高天ヶ原では乱暴狼藉をはたらきアマテラスを困らせたスサノヲが、追放され地上に降りる途中で食い物をくれたオホゲツヒメを、出し方が汚いと殺めたスサノヲが、出雲の国の山奥の船通山(鳥髪山)にくると、すっかり心を入れ替えていた。
それだけでなく、クシナダヒメをヤマタノオロチから救った。
ひとりで寂しかったのか、愛に飢えていたのか、それとも母が恋しかったのか・・・
スサノヲは、クシナダヒメと暮らす宮殿造りの準備にかかった。それも、住むだけで無く、祭事や村を治める仕事もできる宮殿を造るにふさわしい場所を求めて旅に出た。きっと鳥髪から斐伊川を下られたことだろう。
今の大東(現在の雲南市)の須賀の地に来ると、スサノヲは「ここに来ると、心が清々しくなった。ここに新しい宮殿を造ることにする」と言われた。そしてこの地を清々しいから「須賀」と呼ぶようになった。
宮殿を造るからには、クシナダヒメだけでなく、親のテナヅチやアシナヅチも一緒だ。※国津神様だから身の回りをする者もいるだろう。スサノヲはいっぺんに大家族の長になった。それだけではなく、この一帯を治めなければならないので、そんな仕事をする人も集めた。
※国津神とは、天から降臨した神々ではなく元々、この地上(葦原の中つ国)に現れ住んでいた神々の総称。テナヅチやアシナヅチは、オホヤマツミの子供。
宮殿造は大勢の民達と一緒にやられた。苦しいことも、難しいこともあっただろうが、それでも踏ん張って出来あがった。
完成すると、宮殿を囲むように、にわかに雲が立ちのぼった。
そこで、スサノヲは和歌を詠んだ。それが日本最初の和歌だそうです。
そこで、スサノヲは和歌を詠んだ。それが日本最初の和歌だそうです。
日本最初の和歌を詠むスサノヲ
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣造る その八重垣を」現代訳:「出雲の空に、幾重にも重なり合う美しい雲が立ちのぼっている。 私は大切な妻と一緒に暮らすために、この地に幾重にも垣根(お城)を作った。 まるで、あの雲のように立派な垣根を」※八重とは沢山という意味
スサノヲは、よほど船通山(鳥髪山)にかかる雲が気に入ったようだ。そんなに珍しい雲ではないが、荒ぶれるスサノヲには、クシナダヒメの心のように清く美しく映ったのだろう。
それに、斐伊川の川の流れや波打つ稲が気持ちよかったのかもしれない。種を撒き、手間をかければ沢山収穫できる。今年だけでなく、来年も生きていける。来年も生きていければ、その先も生きていける。
子供も、孫も生きていける。それだけではない。みんなと生きていける。有難いことだ。生きていける喜びを教えられたんだ。それが自然と五穀の農業の力だ。
それに、斐伊川の川の流れや波打つ稲が気持ちよかったのかもしれない。種を撒き、手間をかければ沢山収穫できる。今年だけでなく、来年も生きていける。来年も生きていければ、その先も生きていける。
子供も、孫も生きていける。それだけではない。みんなと生きていける。有難いことだ。生きていける喜びを教えられたんだ。それが自然と五穀の農業の力だ。
立派な宮殿ができると、スサノヲはアシナヅチを呼ばれた。
「お前は我が宮殿の長になりなさい」そして「稲田の宮主スガノヤツミミを名乗りなさい」と言い渡した。スサノヲは、自分が主人とはならず、もともとこの地に暮らす国津神のアシナヅチに譲られた。
宮殿は、松江や出雲など除いた「奥出雲」の一帯だろう。そしてスサノヲとクシナダヒメはこの宮殿で結ばれ、赤ん坊が生まれ、名前をヤシマジヌミという。五代目の子孫が、出雲の国を治めたオホクニヌシだ。
出雲大社におられるオホクニヌシは、スサノヲの子孫ということになります。
また、スサノヲは、クシナダヒメの祖父(オホヤマツミ)の娘カムオホイチヒメを妻にして、子供も作られた。
あのスサノヲも良い神様になり父イザナギに命令されたように、海原を征服したのだ。そして子孫も作った。穀物に恵まれて、蚕の吐き出す糸で服を作り、平和な村ができた。
立派なたたら製鉄も手に入れ、鋭い鍬や鋤、鎌を造る技術も引き継ぎ立派な道具を作り生産力を大きく伸ばした。それに加えて優れた職人もたくさん作られた。この様にこの地はどんどん栄えた。
その八十の神みんなが、稲羽(いなば)のヤガミヒメに惚れ嫁にしたいとみんなで出かけました。オホクニヌシもみんなの荷物持ちとして後ろについて出かけました。
今でいうと鳥取県の外れにある鳥取市の気高町です。気多(きた)の岬に八十の神たちがさしかかると、今の白兎海岸に皮を剥がれた赤裸の兔が倒れていた。
「お前は我が宮殿の長になりなさい」そして「稲田の宮主スガノヤツミミを名乗りなさい」と言い渡した。スサノヲは、自分が主人とはならず、もともとこの地に暮らす国津神のアシナヅチに譲られた。
宮殿は、松江や出雲など除いた「奥出雲」の一帯だろう。そしてスサノヲとクシナダヒメはこの宮殿で結ばれ、赤ん坊が生まれ、名前をヤシマジヌミという。五代目の子孫が、出雲の国を治めたオホクニヌシだ。
出雲大社におられるオホクニヌシは、スサノヲの子孫ということになります。
また、スサノヲは、クシナダヒメの祖父(オホヤマツミ)の娘カムオホイチヒメを妻にして、子供も作られた。
あのスサノヲも良い神様になり父イザナギに命令されたように、海原を征服したのだ。そして子孫も作った。穀物に恵まれて、蚕の吐き出す糸で服を作り、平和な村ができた。
立派なたたら製鉄も手に入れ、鋭い鍬や鋤、鎌を造る技術も引き継ぎ立派な道具を作り生産力を大きく伸ばした。それに加えて優れた職人もたくさん作られた。この様にこの地はどんどん栄えた。
五話 出雲国造り
①因幡のしろうさぎ伝説 ―恋と嫉妬、知と暴力―
オホクニヌシと稲羽のしろウサギ
出雲大社に鎮座されているオホクニヌシの出雲国造り神話の始まり。オホクニヌシにはオホナムジなど色んな名前があり、母の違う兄弟が沢山います。それをまとめて八十の神(やそのかみ)と言います。その八十の神みんなが、稲羽(いなば)のヤガミヒメに惚れ嫁にしたいとみんなで出かけました。オホクニヌシもみんなの荷物持ちとして後ろについて出かけました。
今でいうと鳥取県の外れにある鳥取市の気高町です。気多(きた)の岬に八十の神たちがさしかかると、今の白兎海岸に皮を剥がれた赤裸の兔が倒れていた。
八十の神たちは、「海の水で洗い、風通しのいい山の尾根の上でうつ伏せになっていると治る」と苦しんでいる赤裸のウサギに言った。ウサギは言われたままに塩水で洗い、うつ伏せになっていると、みるみるうちに塩が乾き、薄皮は剥がれ裂けてきた。痛くて痛くてたまらなくなりウサギはシクシク泣きだした。
そこに重い荷物を背負ったオホクニヌシがやってきた。「ウサギさん、どうして泣いているのか」と尋ねると、ウサギは身に起きたことを話し始めた。
ワニを騙して赤裸
ウサギが言うに、「私は海の向こうのオキの島に住んでいて、こちらに来たいと思いました。ところが渡る方法がありません。そこで知恵を絞ってワニを騙して渡ろうと思いました。間抜けなワニに「ワニとウサギはどちらが多いか比べてみよう。ついてはワニを集めてここから気多の岬まで横に並んでくれ。私がその上を飛んで数えるから」と言いました。ワニは真面目に並びました。私は一つ二つと数え、大地に着く寸前、嬉しくなって「わーい、騙された。こっちに来るために並んでもらったのだ」「怒ったワニは、私の皮を引き裂いたのです」と言った。
オホクニヌシは、それは嘘をつくお前さんが悪いと思ったが、痛がっているウサギには言えずだまって聞いていた。
そこに八十の神が来られて、痛くて痛くて泣いている私に『塩水で洗い、尾根でうつ伏せになっていれば治る』と言われ、その通りにしていました。ところが肌は破れて増々痛くなりました。
オホクニヌシは近づいて「今すぐに川に行って、真水で洗いなさい。そして水辺に生えている蒲の穂を撒き散らし、そこに横になっていると治る」と、ウサギに言った。その通りにすると、ウサギの身体は元通りに治ったそうだ。
助けた素兎(しろうさぎ)が言った。「先に行かれた八十の神は、ヤガミヒメと結婚できません。あなた様が妻にするでしょう」。
ウサギが言ったように、ヤガミヒメは八十の神の求婚を断り「私は、オホクニヌシの妻になります」と言った。
腹が煮えくり返った八十の神は、オホクニヌシを殺してしまおうと計画したそうだ。
猪に似せた大きな岩を真っ赤に焼いて、山の上から落とした。オホクニヌシは言われた通りに待ち受けて、その真っ赤な岩を受け止めた。それで大きな岩に押しつぶされて焼け死んだそうだ。
それを聞いたオホクニヌシの母神はひどく悲み、すぐさま高天ヶ原に飛んで行った。そこにおられる女の神カムムスヒに、どうかオホクニヌシを助けてくださいとお願いなされた。
スサノヲが高天ヶ原から鳥髪に降りてこられるとき、沢山の食べ物の種を与えてくれた神様がカムムスヒだ。カムムスヒの神様は出雲神話と深く関わっています。カムムスヒはキサガヒヒメとウムギヒメを遣わした。
オホクニヌシは近づいて「今すぐに川に行って、真水で洗いなさい。そして水辺に生えている蒲の穂を撒き散らし、そこに横になっていると治る」と、ウサギに言った。その通りにすると、ウサギの身体は元通りに治ったそうだ。
助けた素兎(しろうさぎ)が言った。「先に行かれた八十の神は、ヤガミヒメと結婚できません。あなた様が妻にするでしょう」。
ウサギが言ったように、ヤガミヒメは八十の神の求婚を断り「私は、オホクニヌシの妻になります」と言った。
腹が煮えくり返った八十の神は、オホクニヌシを殺してしまおうと計画したそうだ。
八十の神とオホクニヌシの母神たち 赤い猪
八十の神は、伯耆(ほおき)の国の山の麓にオホクニヌシを連れ出すと「この山には赤い猪がおる。わしらが追い出すから、あなたが下で待ち受けて捕まえろ。いいな、失敗すると、代わりにお前を殺す」と言った。猪に似せた大きな岩を真っ赤に焼いて、山の上から落とした。オホクニヌシは言われた通りに待ち受けて、その真っ赤な岩を受け止めた。それで大きな岩に押しつぶされて焼け死んだそうだ。
それを聞いたオホクニヌシの母神はひどく悲み、すぐさま高天ヶ原に飛んで行った。そこにおられる女の神カムムスヒに、どうかオホクニヌシを助けてくださいとお願いなされた。
スサノヲが高天ヶ原から鳥髪に降りてこられるとき、沢山の食べ物の種を与えてくれた神様がカムムスヒだ。カムムスヒの神様は出雲神話と深く関わっています。カムムスヒはキサガヒヒメとウムギヒメを遣わした。
キサガヒヒメは、焼け岩に貼りついて死んでいるオホクニヌシの身体を貝の殻で剥がし、ウムギヒメは母神の乳に薬を混ぜてオホクニヌシの身体に塗られた。すると、オホクニヌシは生き返り元の身体になられた。キサガヒヒメは赤貝、ウムギヒメは蛤という話もある。
八百万の神様というが、いろんなところに神様はいる。スサノヲやオホクニヌシのように絵になっている神様もいるが、多くは、鳥や虫、草や石、風にも雲にも神さまは姿を変えておられる。もちろん一般の人たちの心の中にもある。
鳥取県の南部町に、オホクニヌシを祀る赤猪岩(あかいいわ)神社がありオホクニヌシの命を奪ったといわれる大岩が安置されている。
船通山の裏側になる鳥取県の日南町に大岩見神社があり、祀っている神様がオホクニヌシとヤガミヒメなのでオホクニヌシの二度目に殺された地ではないかと言い伝えられています。
鳥取県の南部町に、オホクニヌシを祀る赤猪岩(あかいいわ)神社がありオホクニヌシの命を奪ったといわれる大岩が安置されている。
八十の神とオホクニヌシの母神たち
生き返ったオホクニヌシに八十の神はますます腹を立てて、山の中へと連れて行った。そこで、八十の神は、大樹を切り倒し、縦に割れ目をいれると、その割れ目に楔(くさび)を打ち込んで隙間を作った。その隙間にオホクニヌシをいれ楔を抜き取った。オホクニヌシは太い木に挟まれて潰れ死んだ。船通山の裏側になる鳥取県の日南町に大岩見神社があり、祀っている神様がオホクニヌシとヤガミヒメなのでオホクニヌシの二度目に殺された地ではないかと言い伝えられています。
母神たちはオホクニヌシを探し出し泣きながら生き返らせたということだ。母神クシナダヒメは、いつかきっとオホクニヌシは、殺されるだろうと思い、木の国(今の和歌山)のオホヤビコの元にオホクニヌシを逃がした。ところが、八十の神も執念深い神様でオホヤビコの元に押し掛け、オホクニヌシを出せと迫った。
守り切れないと思ったオホヤビコは、スサノヲのおられる「根の堅州の国」に行きなさいと、※木の俣の穴からオホクニヌシを逃がした。オホクニヌシは根の堅州の国でスサノヲに会われた。
※木の俣をくぐり抜ける行為は神話的には、深い意味があり新しく生まれ変わる(産道を通る)という通過儀礼の象徴とされています。
そこにはスサノヲではなくスサノヲの娘の大層きれいなスセリビメがいた。二人は直ぐに結婚された。
そうして屋敷に招き入れ、蛇の室谷(むろや)に寝かせた。ひどい事をするスサノヲだが、それはオホクニヌシの男っぷりと度量を試される為だった。
スセリビメが蛇の領巾(ひれ)を持って現れて「蛇が噛みつこうとしたら、これを三度振ると蛇は逃げます」と告げた。蛇が現れ、その通りにすると蛇は逃げ、ぐっすり眠れた。
守り切れないと思ったオホヤビコは、スサノヲのおられる「根の堅州の国」に行きなさいと、※木の俣の穴からオホクニヌシを逃がした。オホクニヌシは根の堅州の国でスサノヲに会われた。
※木の俣をくぐり抜ける行為は神話的には、深い意味があり新しく生まれ変わる(産道を通る)という通過儀礼の象徴とされています。
②七難八苦のオホクニヌシ ―スサノヲからの四つの試練―
しつこい八十の神の襲撃をかわして、オホクニヌシは木の股の地下道を抜け、スサノヲがおられる『根の堅州の国』へと逃げた。そこにはスサノヲではなくスサノヲの娘の大層きれいなスセリビメがいた。二人は直ぐに結婚された。
スサノヲからの試練
スセリビメはスサノヲの元に帰り、「大層うるわしき殿がいらっしゃいました」と告げられた。すると、スサノヲは外に出て、ひと目見て「あれは、アシハラノシコヲだ」と、言ったそうして屋敷に招き入れ、蛇の室谷(むろや)に寝かせた。ひどい事をするスサノヲだが、それはオホクニヌシの男っぷりと度量を試される為だった。
スセリビメが蛇の領巾(ひれ)を持って現れて「蛇が噛みつこうとしたら、これを三度振ると蛇は逃げます」と告げた。蛇が現れ、その通りにすると蛇は逃げ、ぐっすり眠れた。
次の日の夜は、大ムカデと蜂の部屋に入れられた。スセリビメがムカデと蜂の領巾(ひれ)を寄こした。また振ってみると、ムカデも蜂も逃げて、オホクニヌシはゆっくり休むことができた。
次にスサノヲは、弓を使って矢(なり鏑(かぶら))を広い野原に打ち込み「探せ」と命じられた。オホクニヌシが出かけたのを確認し野の周りから火を放った。このままだとオホクニヌシは焼け死んでしまう。
逃げられないオホクニヌシの足元にネズミが出て来て、※「内はホラホラ、外はズブズブ」と言う。そこでオホクニヌシは、足元を踏みつけ穴の中に入った。
次にスサノヲは、弓を使って矢(なり鏑(かぶら))を広い野原に打ち込み「探せ」と命じられた。オホクニヌシが出かけたのを確認し野の周りから火を放った。このままだとオホクニヌシは焼け死んでしまう。
逃げられないオホクニヌシの足元にネズミが出て来て、※「内はホラホラ、外はズブズブ」と言う。そこでオホクニヌシは、足元を踏みつけ穴の中に入った。
※「内はホラホラ、外はズブズブ」とは「内側は空洞(ほら)だよ、外側は(出口が狭くて)すぼまっているよ」という、避難場所を教えるアドバイスです。
火は頭の上を過ぎていったそうだ。そこにさっきのネズミが鏑をくわえて現れた。
嫁さんのスセリビメは、死んだと思い葬式の準備をしていた。スサノヲも死んだと思い野原を眺めた。そこに鏑を手にしたオホクニヌシが帰ってきた。スサノヲもオホクニヌシの力を認め、部屋に上げ、スサノヲの髪の毛にいるシラミをとらせた。
嫁さんのスセリビメは、死んだと思い葬式の準備をしていた。スサノヲも死んだと思い野原を眺めた。そこに鏑を手にしたオホクニヌシが帰ってきた。スサノヲもオホクニヌシの力を認め、部屋に上げ、スサノヲの髪の毛にいるシラミをとらせた。
ところが、スサノヲの髪の中には大きなムカデが這っていた。そこへスセリビメが現れて、椋(むく)の木の実と赤土を渡した。オホクニヌシは椋と赤土を一緒に口に含んで吐き出した。
それを見たスサノヲは、大ムカデをかじって吐き出していると思った。なかなか、良い奴だと心を許し、安心して大きな鼾をかいて「ぐうぐう」と寝た。
それを見たスサノヲは、大ムカデをかじって吐き出していると思った。なかなか、良い奴だと心を許し、安心して大きな鼾をかいて「ぐうぐう」と寝た。
オホクニヌシは、眠っているスサノヲの髪の毛を木に縛り付け、入り口を大きな岩で閉じた。黄泉の国からイザナミの追っ手をかわし逃げ出したイザナギと同じだ。
嫁さんのスセリビメを背負うと、スサノヲの宝物の生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)、それと国を治める儀式に使う天の詔琴(のりごと)を持って逃げだした。
ところが、手に持っていた天の詔琴(のりごと)の弦が木に触れて、大地が揺れ動くほどに大きな音を響かせた。スサノヲはその音に驚き、飛び起きた。
髪の毛は木に縛り付けられており、いろんなものが引き倒された。
そんな騒動の間にスセリビメを背負ったオオクニヌシは、遠くまで逃げることができた。
しかし、それでも髪の毛を解いたスサノヲは追いかけて来た。「葦原の中つ国」につながる黄泉の比良坂まで追いかけてきたが、オホクニヌシは、もう遠くまで逃げていた。
そんなオオクニヌシに、スサノヲは叫ばれました。
「ありがとう」「おーい、オオクニヌシ、お前さんが持って行った生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)で八十の神と戦い追い出してしまえ。そして葦原の中つ国を治めるのだ。お前が、その国の支配者になるんだ。それだけではない、我が娘のスセリビメを正妻にしろ」
「今の出雲大社がある場所も良いが、その先にある宇迦(うか)の山が良いなぁ。そのようにしよう」とスサノオ様はおっしゃった。
「宇迦(うか)の山の麓に、天まで届く高い社を建て、暮らすのだ。ええかな」。
そして、「ええなー」と念を押した。
「宇迦(うか)の山の麓に、天まで届く高い社を建て、暮らすのだ。ええかな」。
そして、「ええなー」と念を押した。
スセリビメを嫁に取られて悔しいのと嬉しいのがごっちゃ混ぜになった気持だ。
いろんなものを手にしたオホクニヌシは、ついに八十の神に打ち勝つと、スサノヲが言ったとおりに「葦原の中つ国」を治められた。これが初めての国造りだ。
③恋するオオクニヌシ ― くどき上手 ―
出会いと別れの話
オホクニヌシはスセリビメと共に戻り、八十の神を征伐し『葦原の中つ国』の主となった。スサノヲに言われた通り、スセリビメを正妻とし、出雲の地にたいそう立派な社(やしろ)を造った。あれだけ八十の神に虐められ、二度も殺されたオホクニヌシだが、スサノヲからもらった武器がよほど凄かったのか、男の度量を鍛えられたのか、八十の神に打ち勝ったのだ。
これからが「出雲国」の国造りの始まりです。
オホクニヌシが、最初に結婚されたのは『因幡の素兎』に出てこられたヤガミヒメだった。オホクニヌシが国を治めると、そのヤガミヒメを約束通り出雲に呼ばれた。
ヤガミヒメは、出雲に来られて、「ややご」を身ごもられた。ところが正妻のスサノヲの娘のスセリビメの嫉妬が怖くて逃げだし、出雲市の近くの斐川町のあたりで「ややご」を生み、木の股にかけて帰った。というこの説と、「ややご」を身ごもって美人の湯の「湯の川」まで来られた。そこで湯に浸かっている時にスセリビメの噂を聞き、恐れをなし「ややご」を木の股に置いて帰った。というこの2つの説がある。
オホクニヌシが、最初に結婚されたのは『因幡の素兎』に出てこられたヤガミヒメだった。オホクニヌシが国を治めると、そのヤガミヒメを約束通り出雲に呼ばれた。
ヤガミヒメは、出雲に来られて、「ややご」を身ごもられた。ところが正妻のスサノヲの娘のスセリビメの嫉妬が怖くて逃げだし、出雲市の近くの斐川町のあたりで「ややご」を生み、木の股にかけて帰った。というこの説と、「ややご」を身ごもって美人の湯の「湯の川」まで来られた。そこで湯に浸かっている時にスセリビメの噂を聞き、恐れをなし「ややご」を木の股に置いて帰った。というこの2つの説がある。
出雲市には、オホクニヌシとヤガミヒメと子供の神様を祀る御井(みい)神社があり、木股神(きのまたがみ)と言って祀られている。
日本海北上の旅立ち
葦原の中つ国を治めたオオクニヌシは、ある時、今の新潟 高志(こし)の国のヌナカワヒメを嫁さんにしようと出掛けた。新しい領地を求めて出掛けられたのでしよう。因幡の素兎のヤガミヒメの時と大違いで、お供ではなく自分から進んでいった。そうして、ヌナカワヒメの館に着くやいなや、閉じられた雨戸の前で、思いのたけを歌にして歌われた。
歌と言っても神語り(かむがたり)と言って相手に話す詩の朗読のようなもんです。
「私はオホクニヌシだ。みめうるわしい嫁さんを探しにここまで来ました。まだ、刀もとらず、旅の衣も抜かず、雨戸を壊して入ろうと思っている。ところが鳥がうるさくて、追い払おうと思ってます」
そうすると、なかからヌナカワヒメも同じように歌われた。「私も貴方をお慕い申しております。どうか、か弱い女子ですので、夜まで待ってください。明日になれば、約束通りお嫁さんになります」
オホクニヌシとヌナカワヒメは仲良しになりました。ヌナカワヒメを祀った神社が、今の新潟県の糸魚川市にある奴奈川(ぬなかわ)神社です。
この後もオホクニヌシはいろんな所に出かけられ、オホクニヌシは、どんどん、いろんな土地を治めていかれた。
ヌナカワヒメと同じように歌にして、自分の心とオホクニヌシへの思いを歌われた。不思議なもんので、優しく出られたらオホクニヌシも気が変わる。
オホクニヌシも同じように歌にして返され馬から降り、スセリビメのいる家に入った。どこにも行かず、出掛けることをやめられた。
「私はオホクニヌシだ。みめうるわしい嫁さんを探しにここまで来ました。まだ、刀もとらず、旅の衣も抜かず、雨戸を壊して入ろうと思っている。ところが鳥がうるさくて、追い払おうと思ってます」
そうすると、なかからヌナカワヒメも同じように歌われた。「私も貴方をお慕い申しております。どうか、か弱い女子ですので、夜まで待ってください。明日になれば、約束通りお嫁さんになります」
オホクニヌシとヌナカワヒメは仲良しになりました。ヌナカワヒメを祀った神社が、今の新潟県の糸魚川市にある奴奈川(ぬなかわ)神社です。
この後もオホクニヌシはいろんな所に出かけられ、オホクニヌシは、どんどん、いろんな土地を治めていかれた。
国治め
さて、正妻のスセリビメも心穏やかではない。オホクニヌシが出かけると言えば、たまには怒っていた。しかし、わーわー、ぎゃーぎゃーと言い過ぎれば、オホクニヌシも臍を曲げる。そこでやんわりと言われた。ヌナカワヒメと同じように歌にして、自分の心とオホクニヌシへの思いを歌われた。不思議なもんので、優しく出られたらオホクニヌシも気が変わる。
オホクニヌシも同じように歌にして返され馬から降り、スセリビメのいる家に入った。どこにも行かず、出掛けることをやめられた。
流石、スサノヲの娘さんだ、力が強いだけでなく、知恵も回るし、相手をなだめるのも上手。そこにきてスサノヲ譲りの歌の教養もある。
ヌナカワヒメを祀る神社が新潟県の糸魚川市にあると言いましたが。その奴奈川(ぬなかわ)神社の近くに姫川(ひめかわ)が流れています。それが、ヌナカワだったのではないかと言われている。
その姫川の支流の谷では、縄文時代から沢山の翡翠(ひすい)が採れ、河口には加工跡も見つかっている。ダイヤモンドと同じくらい貴重な宝石だ。オホクニヌシも、その翡翠を求めて行ったのでは無いかとの説もあります。ヌナカワヒメは、もしかすると翡翠のことかもしれない。
国を治めるとゆうことは、自分だけがたらふく食って、贅沢することじゃない。多くの民に食べものが行き渡ることが大切だ。
それだけじゃなく病気もない、笑いのある穏やかな国にすることだ。
そのためには、稲や野菜が立派に実り成長して収穫できること。大雨や干ばつ、あるいは虫の被害で駄目にならない様に準備することも大切だ。
④知恵と知識で国造り ― 挫折と苦悩を越えて ―
国を治めるオホクニヌシ
オホクニヌシは、新たな国に出かけることもなく国造りに励んでおりました。国を治めるとゆうことは、自分だけがたらふく食って、贅沢することじゃない。多くの民に食べものが行き渡ることが大切だ。
それだけじゃなく病気もない、笑いのある穏やかな国にすることだ。
そのためには、稲や野菜が立派に実り成長して収穫できること。大雨や干ばつ、あるいは虫の被害で駄目にならない様に準備することも大切だ。
食べ物だけじゃない。赤ん坊が無事に生まれ大きく育つことも大切だ。
民が怪我しても、病気になっても、ちゃんと治してやらないといけない。
人だけではない、牛や馬、豚や鶏も、病気しないように世話しないといけない。
栗に柿に竹の子にワラビも、魚や獣、自然の恵みも守らないと駄目。
仲良くしないといけないが、鼠、猪、猿に熊から作物を守らないといけない。
ある日のこと、オホクニヌシは美保関の岬に立って海を眺めてい
た。(美保関は、島根半島の日本海に面した一番右側にある漁師町)
静かにすうと波がしらが白く立つ沖合から、ほんとうに小さな舟がオホクニヌシのいる岬にやって来た。
ざぶん、ざぶんと、波の荒い日本海だ、小さな舟は激しく揺れていた。
よく見ると、ガガイモの実を割って作った舟だ。手の平より小さいガガイモの舟の中にはミソサザイの羽で作った服を着た小さな神様がいた。
オホクニヌシは、不思議に思い舟の中の神様に尋ねられた。「お前は何者だ」 しかし、なにも答えはなかった。
そこでオホクニヌシは周りのものに聞かれた。ところが、誰も分からないと首を振るだけだ。そこでヒキガエルに聞くと「クエビナが知ってます」と答えた。
民が怪我しても、病気になっても、ちゃんと治してやらないといけない。
人だけではない、牛や馬、豚や鶏も、病気しないように世話しないといけない。
栗に柿に竹の子にワラビも、魚や獣、自然の恵みも守らないと駄目。
仲良くしないといけないが、鼠、猪、猿に熊から作物を守らないといけない。
国造りの仲間
オホクニヌシも一人で国を造り、治めることは大変だった。ある日のこと、オホクニヌシは美保関の岬に立って海を眺めてい
た。(美保関は、島根半島の日本海に面した一番右側にある漁師町)
静かにすうと波がしらが白く立つ沖合から、ほんとうに小さな舟がオホクニヌシのいる岬にやって来た。
ざぶん、ざぶんと、波の荒い日本海だ、小さな舟は激しく揺れていた。
よく見ると、ガガイモの実を割って作った舟だ。手の平より小さいガガイモの舟の中にはミソサザイの羽で作った服を着た小さな神様がいた。
オホクニヌシは、不思議に思い舟の中の神様に尋ねられた。「お前は何者だ」 しかし、なにも答えはなかった。
そこでオホクニヌシは周りのものに聞かれた。ところが、誰も分からないと首を振るだけだ。そこでヒキガエルに聞くと「クエビナが知ってます」と答えた。
クエビナとは、案山子(かかし)に与えられた神様の名前だ。案山子といっても、そんじょそこらの案山子とは違って物知りだ。そりゃそうだ、一日中、同じところで立ちっぱなしだ。いろんな人の話を聞いている。たまには遠い国から来た旅人から異国のことも聞く。もちろん神様の話も。なんでも知ってる。ヒキガエルも物知りだ。地の果てのことまで知っている。
オホクニヌシはクエビナに聞いた。
「あれは誰かね」するとクエビナは「あれは高天が原のカムムスヒの子供でスクナビコナです」と言った。
カムムスヒは、「スサノヲが地上に降りる時に沢山の食べ物の種を与えたり、八十神に殺されたオホクニヌシを助けて欲しいという母神の願いを聞き二人の神様を送り救った」神様です。
オホクニヌシはクエビナに聞いた。
「あれは誰かね」するとクエビナは「あれは高天が原のカムムスヒの子供でスクナビコナです」と言った。
カムムスヒは、「スサノヲが地上に降りる時に沢山の食べ物の種を与えたり、八十神に殺されたオホクニヌシを助けて欲しいという母神の願いを聞き二人の神様を送り救った」神様です。
そこでオホクニヌシはスクナビコナを高天原に連れて行き、カムムスヒに会わせた。カムムスヒは「私の子のスクナビコナです。あんまりにも小さいので、私の指の間から地上にこぼれ落ちました」
そして、スクナビコナに「お前は、このアシハラシコオ(オホクニヌシ)と兄弟となって国作りに励みなさい」と言われた。
オホクニヌシはスクナビコナを仲間にして国造りに励まれた。
そして、スクナビコナに「お前は、このアシハラシコオ(オホクニヌシ)と兄弟となって国作りに励みなさい」と言われた。
オホクニヌシはスクナビコナを仲間にして国造りに励まれた。
ところが、ある日のこと、スクナビコナが突然「私の役目は終わった」と言い、海の彼方の※常世国(とこよのくに)へ行ってしまった。国造りはこれからだというのにオホクニヌシは困ってしまった。
※常世の国とは、海の彼方の暖かいところにある、この世とは違う異界のこと。そこは理想郷といって、みんなが豊かで、永遠に変わらず、年を取るということもない世界。そして人と動物の違いなどもない、怒ったり、喧嘩などもしない、心の乱れのない無常の世界です。
そこでたたずんでいると、今度は海原を照らす大きな光が近づいてきた。
眩いばかりの輝きに驚き「誰かね」と尋ねた。
「オオモノヌシだ。国造りに困ってるらしいな。私の御霊を丁重に祀りなさい。そうすれば一緒になって国造りをしましょう。手を抜けば、国を治めることはできんぞ」と返答が有った。
オホクニヌシは、どうやって祀ったらいいのかと聞かれた。「倭(やまと)の国を囲む山々のなかで、東の山の上に祀るのだ」と言う。
それが今の奈良県の桜井市にある大神(おおみわ)神社で、ご神体は本殿ではなく背後にそびえる三輪山(みわやま)そのものです。
これによって出雲の国を中心に豊かな国に成り治まったいうことだ。
そんな葦原の中つ国を見ていたのが高天ヶ原のアマテラスだ。高天ヶ原から出雲の地を眺めていたアマテラスが「そもそも、あそこは我が子供の治める国だ」「豊葦原の千秋の長五百秋の水穂の国(とよあしはらのちあきのながいほあきのみずほのくに)は、「我が子の※マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミが治める国です」と言った。
※常世の国とは、海の彼方の暖かいところにある、この世とは違う異界のこと。そこは理想郷といって、みんなが豊かで、永遠に変わらず、年を取るということもない世界。そして人と動物の違いなどもない、怒ったり、喧嘩などもしない、心の乱れのない無常の世界です。
三輪山に祀る
オホクニヌシは困ってしまい、あの美保関の岬に行った。そこでたたずんでいると、今度は海原を照らす大きな光が近づいてきた。
眩いばかりの輝きに驚き「誰かね」と尋ねた。
「オオモノヌシだ。国造りに困ってるらしいな。私の御霊を丁重に祀りなさい。そうすれば一緒になって国造りをしましょう。手を抜けば、国を治めることはできんぞ」と返答が有った。
オホクニヌシは、どうやって祀ったらいいのかと聞かれた。「倭(やまと)の国を囲む山々のなかで、東の山の上に祀るのだ」と言う。
それが今の奈良県の桜井市にある大神(おおみわ)神社で、ご神体は本殿ではなく背後にそびえる三輪山(みわやま)そのものです。
これによって出雲の国を中心に豊かな国に成り治まったいうことだ。
六話 国譲り
高天ヶ原からの野望
さて、スクナビコナたちと無事に国造りを成したオホクニヌシは、戦もない、稲もたわむ穏やかな日々を過ごしておりました。もちろん、何もしないわけではなく皆で努力を惜しまず働いていました。そんな葦原の中つ国を見ていたのが高天ヶ原のアマテラスだ。高天ヶ原から出雲の地を眺めていたアマテラスが「そもそも、あそこは我が子供の治める国だ」「豊葦原の千秋の長五百秋の水穂の国(とよあしはらのちあきのながいほあきのみずほのくに)は、「我が子の※マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミが治める国です」と言った。
※一話「国造り神話」に登場したアメノオシホミミは『天の浮橋』に立って、下界の国を見た。すると「地上は、騒がしく乱れている」と高天ヶ原に帰られた。
アメノホヒ:まずアマテラスが、スサノヲの十拳の剣をもらい受け、かみ砕くと息吹のごとく吹き出した。そこから成った神様が三柱の女の神様だ
マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ:スサノヲが、アマテラスの付けた勾玉(まがたま)を束ねた玉飾や髪飾りを次々ともらい受け、かみ砕いて吹き出すと五柱の男の神様が生まれた
タカミムスヒという神様は、『古事記』のなかで、高天ヶ原に最初の神様が出現したアメノミナカヌシとタカミムスヒにカムムスヒの三神の一人。
カムムスヒは「スサノヲに五穀の種を渡した神様」「オホクニヌシを助けたオナゴの神様」「出雲の神様を助ける神様」
神々のつながり
二話「高天原神話」の「天の安の河原のうけひ」の文中参照アメノホヒ:まずアマテラスが、スサノヲの十拳の剣をもらい受け、かみ砕くと息吹のごとく吹き出した。そこから成った神様が三柱の女の神様だ
マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ:スサノヲが、アマテラスの付けた勾玉(まがたま)を束ねた玉飾や髪飾りを次々ともらい受け、かみ砕いて吹き出すと五柱の男の神様が生まれた
高天ヶ原から第一の使者
アマテラスはタカミムスヒという神様と相談し、天の安河に八百万の神々を集めました。タカミムスヒという神様は、『古事記』のなかで、高天ヶ原に最初の神様が出現したアメノミナカヌシとタカミムスヒにカムムスヒの三神の一人。
カムムスヒは「スサノヲに五穀の種を渡した神様」「オホクニヌシを助けたオナゴの神様」「出雲の神様を助ける神様」
アマテラスは「地上の葦原の中つ国は、私の子が治めるべき国である。ところが、どうしたことか、ひどく騒がしく、荒ぶれる国津神が溢れているらしい。
誰か遣わして制圧したいが誰がいいかな」と、八百万の神々に言った。
皆が相談してアメノホヒが適任だとなり遣わすことになった。
ところが、アメノホヒは地上に下りても、オホクニヌシと戦うこともなく、逆にオホクニヌシになびいてしまった。三年たっても、なんの返事も知らせもしなかった。
高天ヶ原からの第二の使者
アマテラスは「支配しろと命令したのに何も連絡がない」と怒った。アマテラスとタカミムスヒは、また八百万の神々を集めて「アメノホヒを地上に遣わしたが、なんの返事も寄こさない。次は誰を送ったらいいか」と問われた。すると、オモヒカネが「ここは、アマツクニタマノカミ(天津国玉神)の子 アメノワカヒコが適任です」と答えた。
今度は、オホクニヌシに負けないように威力のある弓矢を持たせた。
二番目の使者アメノワカヒコは、なかなかの知恵のある神様で、地上に降りるとすぐにオホクニヌシの娘のシタデルヒメを妻にした。
オホクニヌシの娘と結婚してオホクニヌシに取り入ることで、地上を我が物にしようと企んだのだ。あっという間に月日は過ぎ、春は何回もやってきた。
オホクニヌシの娘と結婚してオホクニヌシに取り入ることで、地上を我が物にしようと企んだのだ。あっという間に月日は過ぎ、春は何回もやってきた。
そう言うことで、八年たってもアマテラスに何の連絡もしなかった。
八年たっても、なにも返事を寄こさないアメノワカヒコにアマテラスは困った。そこで、また神様を集められ「なにも返事を寄こさない。誰かを送って、どうしてるか尋ねて来てくれんか」と言った。
そこで雉のナキメに、アメノワカヒコに会って「君を遣わしたのは、荒ぶる神たちを征服することだ。なぜ八年も返事を寄こさない」と言ってくれ。
ナキメはアメノワカヒコの家へと舞い降り、門前の木にとまると言われたことを大声で鳴いた。
家のなかにいたアメノワカヒコの付き添いの女従者アメノサグメが「この鳥の鳴き声は酷い。直ぐに射殺してしまいなさい」とそそのかした。
そこで雉のナキメに、アメノワカヒコに会って「君を遣わしたのは、荒ぶる神たちを征服することだ。なぜ八年も返事を寄こさない」と言ってくれ。
ナキメはアメノワカヒコの家へと舞い降り、門前の木にとまると言われたことを大声で鳴いた。
家のなかにいたアメノワカヒコの付き添いの女従者アメノサグメが「この鳥の鳴き声は酷い。直ぐに射殺してしまいなさい」とそそのかした。
ところで、このアメノサグメという従者は、のちのち「あまのじゃく」になったということだ。「あまのじゃく」と言うのは、みんなが右と言うと左だと言ったり、好きなのに嫌いだと言ったりする、ひねくれものだ」。間違ってはいけないのは、自分のしっかりした考えで「違う」というのは、あまのじゃくではない。
還し矢(かえしや)
アメノワカヒコは、授けられた強力な弓矢を持ち出して、なんと雉を射殺してしまった。それだけではない、その矢は雉の胸を抜けて高天ヶ原まで飛んでいき、アマテラスの足元まで届いた。拾ったのはアマテラスと一緒にいたタカミムスヒの神様。血の付いた矢を見てアマテラスは、アメノワカヒコの謀反だと思われただろう。
タカミムスヒは「アメノワカヒコが命令に背くことなく、悪い神を射った矢が、ここまで飛んできた流れ矢なら、今この矢を地上に投げればアメノワカヒコに当たる。もし、アメノワカヒコによこしまな考えがあったなら死ぬ」と、言い矢を飛んできた穴に突き刺した。
すると、寝ていたアメノワカヒコの胸に突き刺さり、死んでしまった。
「還し矢」とはここから生まれた言葉で「天に唾する」と同じ意味です。
上を向いて唾を吐くと自分の顔にかかる。正しいことに攻撃すると罰を受けるという意味。
アマテラスの命令で行ったのだから、その命令を実行しないといけない。自分で支配しようとするのは、よこしまな考えだということで、アマテラスとオホクニヌシのどちらが正しいということではない。
それと「雉の片道使い」という諺があるが、それもここからはじまった。「使いに行ったきり、音沙汰がないこと。返事を持って帰ってこないこと」を意味します。「行ったきり雀」や「梨のつぶて」と同じような意味です。
弔い
亡くなったアメノワカヒコを見て妻のシタデルヒメは嘆き悲しんだ。その声は高天ヶ原まで届いたそうだ。それを聞いたアメノワカヒコの父神のアマツクニタマとアメノワカヒコの妻子たちは地上に降り、死者を弔う喪屋を作り、八日八夜、遺体の周りで嘆き悲しみ弔った。そんな時、オホクニヌシの子供でシタデルヒメの兄のアヂシキタカヒコネノがやってきた。何故かアヂシキタカヒコネノは、死んだアメノワカヒコに瓜ふたつだった。
アマツクニタマとアメノワカヒコの妻子たちは、息子は死んでいなかったと足にすがりついて喜んだ。
ところがアヂシキタカヒコネノにしてみれば、知らない男や女に抱きつかれれば気持ち悪い。アヂシキタカヒコネノは怒って「何ごとだ。親しい友の弔いに来たというのに、この私を汚らしい死者にするとは」と、剣を抜いた。抜いた剣で、喪屋を切り倒し、蹴飛ばした。それが飛んで行ったのが、美濃の国の藍見(あいみ)の河(長良川)の上流にある喪山だった。今の岐阜県の美濃市だ。このときに使った剣を神度(かむど)の剣とゆう。
アヂシキタカヒネノは、そのまま怒って飛び去られました。喪屋があった辺りは散らかったまま。
アマツクニタマとアメノワカヒコの妻子たちは、息子は死んでいなかったと足にすがりついて喜んだ。
ところがアヂシキタカヒコネノにしてみれば、知らない男や女に抱きつかれれば気持ち悪い。アヂシキタカヒコネノは怒って「何ごとだ。親しい友の弔いに来たというのに、この私を汚らしい死者にするとは」と、剣を抜いた。抜いた剣で、喪屋を切り倒し、蹴飛ばした。それが飛んで行ったのが、美濃の国の藍見(あいみ)の河(長良川)の上流にある喪山だった。今の岐阜県の美濃市だ。このときに使った剣を神度(かむど)の剣とゆう。
アヂシキタカヒネノは、そのまま怒って飛び去られました。喪屋があった辺りは散らかったまま。
ひな振(元祖民謡)
妹のシタデルヒメは良い妹で、兄のアヂシキタカヒネノを誤解されない様に兄を褒めた歌を歌った。それが民謡のはじまりになった「ひな振」です。
結局、第二の使者のアメノワカヒコも失敗してしまった。というか、オホクニヌシにとっては、武力ではなく味方に取り入れることで二回とも撃退したということになる。
スサノヲの降臨からはじまって、オホクニヌシの試練から国造り、ところが、アマテラスにその国は我が子のものだと言われた。
オホクニヌシは、第一使者も、第二使者もうまくかわしたが、第三の使者はどんな神様か、どう立ち向かうのか、オホクニヌシが出る神話の最後です。
七話 出雲王国の滅亡
第三の使者
いよいよ、アマテラスに『葦原の中つ国』を譲るときが来てしまった。スサノヲの降臨からはじまって、オホクニヌシの試練から国造り、ところが、アマテラスにその国は我が子のものだと言われた。
オホクニヌシは、第一使者も、第二使者もうまくかわしたが、第三の使者はどんな神様か、どう立ち向かうのか、オホクニヌシが出る神話の最後です。
またもや遠征に失敗したアマテラスは、三番目の使者のことで神様を集められ、「次は誰を送るか」と相談された。そうすると、神様がおっしゃった。
「天の安の河の上流の天の岩屋におりますイツノヲハバリこそがふさわしい。駄目なら、その子のタケミカヅチが良いです。でも、イツノヲハバリは天の安の河の水を堰き止めて道を塞いでおりますから泳ぐことができるアメノカクを使いに行かせるしかありません」アメノカクがアマテラスの使命をもって行った。
「天の安の河の上流の天の岩屋におりますイツノヲハバリこそがふさわしい。駄目なら、その子のタケミカヅチが良いです。でも、イツノヲハバリは天の安の河の水を堰き止めて道を塞いでおりますから泳ぐことができるアメノカクを使いに行かせるしかありません」アメノカクがアマテラスの使命をもって行った。
父親の※イツノヲハバリも、私よりも、私の息子であるタケミカヅチを送るのが良いでしょう」と推薦した。アマテラスも話し合いでは無理だと思われたのだ。アマテラスはアメノトリフネを付け、第三の使者として出雲に送った。アメノトリフネは、空を自由に飛べる神様だ。
タケミカヅチは、イザナギが火神を剣で切り殺したときに血が飛び散って生まれた神様だから戦ごとの好きな最強の武神だ。
※イツノヲハバリ(天之尾羽張 )とは、神様であり、イザナギが、愛する妻イザナミを死なせる原因となった火の神カグツチを斬った剣そのものでもある。 この時、剣の先についた血から、タケミカヅチが生まれています。
稲佐の浜
タケミカヅチは、出雲大社の近くの稲佐の浜に降臨されると十掬(とつか)の剣を抜き、柄を打ち寄せる波がしらに刺し、尖った剣の上に胡坐をかいて座った。この格好でオホクニヌシに叫び挑発した。タケミカヅチの戦略と言うか、戦法だった。「我はタケミカヅチ、アマテラスと※タカギの神様タカミムスヒの仰せに従って、おぬしに問うためにやってきた。アマテラスは、この葦原の中つ国は我が子が治めるべき国であるとおっしゃった。そこで聞く、われの考えは如何に」
※タカギの神様とは、「高くそびえ立つ木」を神格化したもの。古来、高い木は神様が降りてくる目印(依り代)と考えられていたため、生命力の象徴や、天と地をつなぐ非常にパワフルな神様とされていた。
そこで、オホクニヌシは答えた。「わしは申し上げられない。すでに隠居している。あとを継いだ息子のコトシロヌシに聞いてくれ。しかし、やつは魚を獲りに美保の岬にでかけている」
「オホクニヌシさんがスクナビコナに会ったとこかね」
タケミカヅチの命令でアメノトリフネは飛んでいき、コトシロヌシを連れてきた。打つ手が早い。それが戦に慣れた指揮官だ。
タケミカヅチに問い詰められたコトシロヌシは父神のオホクニヌシに「恐れ多いことです。アマテラスに差し上げましょう」と言った。そうすると、自分が乗ってきた舟をひっくり返し舟の中に姿を隠してしまった
タケミカヅチは「もう息子はおらんのか」とオホクニヌシに聞かれた。
「もう一人、弟のタケミナカタがおります」
タケミカヅチとタケミナカタ。名前が似ている二人が、がっちりぶつかった。
まず、タケミカヅチが自分の手をタケミナカタに握らせた。そうすると手は氷柱(つらら)に変わり、一挙に鋭い剣に変わった。どんな力持ちでも、冷たいもんや手が切れてしまう剣を握ることはできない。タケミナカタは怖気づいた。
今度は、タケミカヅチがタケミナカタの手を握った。お互いに筋肉隆々の力持ちだが、タケミナカタの手は葦でも折るかの様に簡単に握りつぶされた。
タケミナカタは怖くなって逃げだした。それをタケミカヅチは追いかけた。このへんもこれまでの使者とは違う。やはり武道の神様は徹底的だ。今の長野県の諏訪湖に追い詰めて殺そうとした。
タケミナカタは「許してくれ、殺さんでくれ。俺はこの地以外のどこにも行かない。父オホクニヌシや兄コトシロヌシの言う通りにする。この葦原の中つ国は※天ツ神に差し上げます」と降伏した。
タケミカヅチに問い詰められたコトシロヌシは父神のオホクニヌシに「恐れ多いことです。アマテラスに差し上げましょう」と言った。そうすると、自分が乗ってきた舟をひっくり返し舟の中に姿を隠してしまった
タケミカヅチは「もう息子はおらんのか」とオホクニヌシに聞かれた。
「もう一人、弟のタケミナカタがおります」
力と力の対決
そこに、大岩をお手玉のようにして弟のタケミナカタが帰ってきた。「誰だ、俺の国に来て、勝手にこそこそ話してる奴は。俺様と力比べだ。俺がまずお前の手を握る」タケミカヅチとタケミナカタ。名前が似ている二人が、がっちりぶつかった。
まず、タケミカヅチが自分の手をタケミナカタに握らせた。そうすると手は氷柱(つらら)に変わり、一挙に鋭い剣に変わった。どんな力持ちでも、冷たいもんや手が切れてしまう剣を握ることはできない。タケミナカタは怖気づいた。
今度は、タケミカヅチがタケミナカタの手を握った。お互いに筋肉隆々の力持ちだが、タケミナカタの手は葦でも折るかの様に簡単に握りつぶされた。
タケミナカタは怖くなって逃げだした。それをタケミカヅチは追いかけた。このへんもこれまでの使者とは違う。やはり武道の神様は徹底的だ。今の長野県の諏訪湖に追い詰めて殺そうとした。
タケミナカタは「許してくれ、殺さんでくれ。俺はこの地以外のどこにも行かない。父オホクニヌシや兄コトシロヌシの言う通りにする。この葦原の中つ国は※天ツ神に差し上げます」と降伏した。
※天ツ神とは、高天原(たかまがはら=天上界)に住んでいる神々、あるいはそこから地上に降りてきた神々の総称です。
『古事記』の世界では、神様は大きく天ツ神と国ツ神の2つのグループに分けられています。
天ツ神は、高天原(天上界)に住んでいる支配する側のアマテラス、タカミムスビ、タケミカヅチなどのエリート神たち。
アマテラスは、天ツ神の中でも最高位の主宰神・リーダーです。
ちなみに、天ツ神の中でもさらに別格の、世界が生まれた時に最初に現れた五柱の神様を「別天神(ことあまつかみ)」と呼びます。彼らはあまりに尊すぎて、すぐに姿を隠してしまいます。
古事記の中で天ツ神の御子(みこ)という言葉が出てきたら、それはアマテラスの家系の子孫、後の天皇陛下につながる血筋を指します。
国ツ神は、葦原の中つ国(地上界)にもともと住んでいたオホクニヌシ、サルタヒコなどの神たち。
『古事記』の世界では、神様は大きく天ツ神と国ツ神の2つのグループに分けられています。
天ツ神は、高天原(天上界)に住んでいる支配する側のアマテラス、タカミムスビ、タケミカヅチなどのエリート神たち。
アマテラスは、天ツ神の中でも最高位の主宰神・リーダーです。
ちなみに、天ツ神の中でもさらに別格の、世界が生まれた時に最初に現れた五柱の神様を「別天神(ことあまつかみ)」と呼びます。彼らはあまりに尊すぎて、すぐに姿を隠してしまいます。
古事記の中で天ツ神の御子(みこ)という言葉が出てきたら、それはアマテラスの家系の子孫、後の天皇陛下につながる血筋を指します。
国ツ神は、葦原の中つ国(地上界)にもともと住んでいたオホクニヌシ、サルタヒコなどの神たち。
タケミカヅチは出雲の国に帰ってくるとオホクニヌシに「お前の子供のコトシロヌシも、タケミナカタも、天ツ神の命令に背かないといった。お前はどうなんだ」と言った。オホクニヌシの心境は、複雑だっただろう、いろんな思いがよぎっただろう。また出雲の民のことも考えただろう。結局は了承した。しかし、条件をつけた。
「了承するが、ここに高天ヶ原まで届く高い社を建ててくれ。そこでひっそり暮らします。また我が子たちは、コトシロヌシを先頭に従います」と言われ、そして宴会をもうけた。
タケミカヅチは高天ヶ原に戻りアマテラスに『葦原の中つ国』を無事平定したことを報告した。
国譲りは、「この地上(国ツ神の領土)を、天ツ神に譲りなさい」という交渉だった。これは、アマテラス一人のためというより、「天上界の正当なルールで地上を統治し直す」という大義名分であった。
アマテラスからみれば孫になるニニギを遣わすことになりました。
ところが、ニニギが天から降りて行こうとすると、一人の神様が立ちはだかっていた。
それは凄い勢いで、その身は輝き、辺り一帯をも輝かせ、高天ヶ原も葦原の中つ国も照らしていた。アマテラスは、女の神様のアメノウズメに「何者か聞いて来い」と命じられた。アメノウズメは、アマテラスが岩戸に隠れられた時に岩戸の前で着ている衣をはだけて踊った女の神様です。
待っていたのは国津神のサルタビコ。そのサルタビコが、ニニギの先導をしたいと言われた。
アマテラスは「この鏡はわが御魂として、大切にして、祈り祀りなさい」と言われた。
※八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)の3つを合わせて、三種の神器(さんしゅのじんぎ)と呼びます。
これらは歴代の天皇が継承してきた、皇位の証となる最も神聖な宝物です。
そのときに、二人の神様アメノオシヒとオマツクメが大きな矢筒を背負い、大きな刀を腰に付けて、武装の格好で前払いをしたそうだ。
タケミカヅチは高天ヶ原に戻りアマテラスに『葦原の中つ国』を無事平定したことを報告した。
国譲りは、「この地上(国ツ神の領土)を、天ツ神に譲りなさい」という交渉だった。これは、アマテラス一人のためというより、「天上界の正当なルールで地上を統治し直す」という大義名分であった。
八話 国譲り、その後(天津神の降臨)
天孫降臨に向けて
アマテラスとタカミムスヒは、征服したとの報告を受けると、さっそく統治者を遣わすことになりました。子供のマサカツアカツカチハヤアメノオシホミミを遣わそうとしたが、すでに子供がおり自分の代わりにその子を遣わしてくれと言った。その子の名前は、アメニキシクニニキシアマツヒコヒコホノニニギ。アマテラスからみれば孫になるニニギを遣わすことになりました。
ところが、ニニギが天から降りて行こうとすると、一人の神様が立ちはだかっていた。
それは凄い勢いで、その身は輝き、辺り一帯をも輝かせ、高天ヶ原も葦原の中つ国も照らしていた。アマテラスは、女の神様のアメノウズメに「何者か聞いて来い」と命じられた。アメノウズメは、アマテラスが岩戸に隠れられた時に岩戸の前で着ている衣をはだけて踊った女の神様です。
待っていたのは国津神のサルタビコ。そのサルタビコが、ニニギの先導をしたいと言われた。
天孫降臨のお供
こうして、ニニギの天孫降臨の態勢ができました。アメノコヤネ、フトダマ、アメノウズメ、イシコリドメ、タマノオヤの五神を連れ、※八尺(やさが)の勾玉と鏡、それに草薙の剣を持ちました。それにオモヒカネ、タヂカラヲ、アメノハトワケをそばにつけました。アマテラスは「この鏡はわが御魂として、大切にして、祈り祀りなさい」と言われた。
※八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)の3つを合わせて、三種の神器(さんしゅのじんぎ)と呼びます。
これらは歴代の天皇が継承してきた、皇位の証となる最も神聖な宝物です。
いざ、降臨
ニニギは高天ヶ原をお供の神様たちを連れて出発しました。たなびく八重雲を押し分けて、力強く踏み分けて、天の浮橋から、一気に筑紫の日向(ひむか)の高千穂の峰に降臨されました。そのときに、二人の神様アメノオシヒとオマツクメが大きな矢筒を背負い、大きな刀を腰に付けて、武装の格好で前払いをしたそうだ。
地上に降りたニニギは「ここは、海を挟んで韓(から)の国に向き合い、笠沙(かささ・九州南部)にもつながっています。朝日が昇り、夕日がきれいな、素晴らしい国だ」と言った。そして、深く掘って宮柱を立て、高い宮殿を造られ、そこにニニギは住まわれた。
ある日のこと、道案内をしたサルタビコが故郷に帰りたいと言い出した。そこでニニギはアメノウズメにサルタビコを送らせた。その褒美に、アメノウズメの代々はサルタビコの名前を貰って「猿女(さるめ)の君」と呼ばれるようになった。サルタビコの故郷は今の三重県の松坂あたりらしい。
アメノウズメはサルタビコを送って三重に行くと、アメノウズメは伊勢の海の魚を全部呼びつけ「お前たちは天津神に従うか」と問われた。みんなは「はい」と返事をしたのに海鼠(なまこ)だけは何も言わなかった。そこで、アメノウズメは「何も言わん口だ」と刀で口を切り裂いてしまった。そんなことで今でも海鼠の口は裂けたままだということだ。
アメノウズメはサルタビコを送って三重に行くと、アメノウズメは伊勢の海の魚を全部呼びつけ「お前たちは天津神に従うか」と問われた。みんなは「はい」と返事をしたのに海鼠(なまこ)だけは何も言わなかった。そこで、アメノウズメは「何も言わん口だ」と刀で口を切り裂いてしまった。そんなことで今でも海鼠の口は裂けたままだということだ。
風土記神話一話 国引き神話 ―出雲風土記より―
『国引き神話』の話は、『出雲国風土記』にのっている神話。『出雲神話』は、『古事記』や『日本書紀』にのっている神話。
八束水臣津野命(ヤツカミズオミヅヌノミコト)
ひとりの神様がいた。その名前を八束水臣津野命(ヤツカミズオミヅヌノミコト)といいます。その神様が出雲の国を見て「できたての若くて狭い国だ。つぎ足して、もうすこし大きな国にしましょうか」と言った。
そして山に登り見渡された。「新羅のほうに余った土地がある」と、乙女の胸のように幅の広い鋤(すき)を持ち、大きな魚のエラに突き刺すように打ち込み、肉を裂くようにしてえぐり取った。そして、大きな葛(かずら)をかけて「国よ、こい、国よ、こい」とグッグッと引っ張った。それでてきたのが、出雲大社がある杵築(きつき)の国だ。つなぎとめた杭は、今の三瓶山の佐比売山(さひめやま)で、引き寄せた葛の縄が薗(その)の長浜になったそうだ。
次に引き寄せたのが、隠岐の国の良波(よなみ)の余った地。そしてつぎ足したのが闇見(くらみ)の地だ。
次に、越(こし)の都都(つつ)のあたりの余った土地を引きづり寄せた。そして生まれた国が三穂(みほ)の地だ。引いた綱は細長い夜見(よみ)の島になり、つなぎとめた杭は今の鳥取県の大山(だいせん)、伯耆(ほうき)の火神岳(ひのかみのたけ)。
このようにして出来たのが、今の島根半島だ。
そして山に登り見渡された。「新羅のほうに余った土地がある」と、乙女の胸のように幅の広い鋤(すき)を持ち、大きな魚のエラに突き刺すように打ち込み、肉を裂くようにしてえぐり取った。そして、大きな葛(かずら)をかけて「国よ、こい、国よ、こい」とグッグッと引っ張った。それでてきたのが、出雲大社がある杵築(きつき)の国だ。つなぎとめた杭は、今の三瓶山の佐比売山(さひめやま)で、引き寄せた葛の縄が薗(その)の長浜になったそうだ。
国引き
そして、次に引き寄せたのが、隠岐の国に見つけた佐伎(さき)の地だ。新羅のほうの余った土地と同じ様に引っ張り寄せくっ付けた所が狭田(さだ)の国だ。次に引き寄せたのが、隠岐の国の良波(よなみ)の余った地。そしてつぎ足したのが闇見(くらみ)の地だ。
次に、越(こし)の都都(つつ)のあたりの余った土地を引きづり寄せた。そして生まれた国が三穂(みほ)の地だ。引いた綱は細長い夜見(よみ)の島になり、つなぎとめた杭は今の鳥取県の大山(だいせん)、伯耆(ほうき)の火神岳(ひのかみのたけ)。
このようにして出来たのが、今の島根半島だ。
と「国を引き終えたぞ」と叫ばれた。杖を突き刺した辺りを「おえ」が変化して意宇(おう)と言うようになった。
風土記神話二話 加賀の潜戸と佐太神社
加賀の潜戸(かかのくげど)
松江の駅からバスで小一時間のところに『加賀の潜戸』があります。島根半島の日本海側、地図で見ると丁度、松江駅の真上です。安山岩などの岩盤が地殻変動や断層を繰り返し割れ目ができました。そこに日本海独特の荒波や暴風が吹き付けて、長い年月をかけて出来上がった洞窟です。
ちなみに二つの洞窟は、新潜戸と旧潜戸といいます。真潜戸は三つの入り口があって、高さ40メートル、長さは200メートルもああます。
金の弓箭
『出雲国風土記』によると、キサカヒメが、この洞窟に降りられました。そこでサルタヒコノミコト(猿田彦之命)をお生みに成られた。
そのときに、母神が大切にしてた弓矢が、波にさらわれて流れてしまった。母神が「戻って来い」と念じると不思議なもので金の弓矢が流れ着きました。
サキカヒメは、暗い洞窟だと言い金の矢を放たれた。その矢は岩を突き抜け東の方から陽が差し込んで洞窟が光り輝いたそうだ。
「あぁ、かかやけり」と言われたのでこの一帯を「かか(加加)」と言うようになりその後、「加賀」に変わりました。
貫通した矢はそのまま沖ノ島まで射抜いてしまったそうです。その後、サルタヒコノミコトが、この穴を的に弓の練習をされたそうです。この島は、今は的島(まとじま)と言います。
夏至の頃、的島のあたりから昇る朝日に照らされ洞窟が黄金色に輝きます。
そのときに、母神が大切にしてた弓矢が、波にさらわれて流れてしまった。母神が「戻って来い」と念じると不思議なもので金の弓矢が流れ着きました。
サキカヒメは、暗い洞窟だと言い金の矢を放たれた。その矢は岩を突き抜け東の方から陽が差し込んで洞窟が光り輝いたそうだ。
「あぁ、かかやけり」と言われたのでこの一帯を「かか(加加)」と言うようになりその後、「加賀」に変わりました。
貫通した矢はそのまま沖ノ島まで射抜いてしまったそうです。その後、サルタヒコノミコトが、この穴を的に弓の練習をされたそうです。この島は、今は的島(まとじま)と言います。
夏至の頃、的島のあたりから昇る朝日に照らされ洞窟が黄金色に輝きます。
佐太神社
佐太神社は松江駅からバスで20分のところで『出雲國風土記』や『延喜式』にも書かれている古い神社です。
出雲大社に次ぐ出雲二の宮で、出雲造りの御本殿三社は国指定重要文化財になっています。
ここに祀られている神様が「佐太大神」です。別名は、加賀の潜戸で生まれたサルタヒコノミコト(猿田彦之命)です。佐太神社は加賀の潜戸と深い縁があり儀式で使う海蛇も関係しています。
カミムスヒは、スサノヲ(素戔嗚尊)に五穀の苗を渡した造化三神の一柱です。
オホクニヌシ(大国主命)が八十神に焼き殺されたとき、蘇生させるためにキサカヒメ(赤貝)とウムカヒメ(蛤)を遣わしたのがカミムスヒです。
「出雲神話」の『十二話 国譲り、その後』に、アマテラス(天照大御神)がオホクニヌシ(大国主命)から葦原の中つ国を取り上げました(国譲り)。そして、新たに支配者となって降臨するのが孫のニニギです。この降臨の道案内役をしたのがサルタヒコノミコト(猿田彦之命)=佐太大神です。そしてサルタヒコノミコト(猿田彦之命)の出現は、眩いばかりに光り輝いていたという事となっていますが、加賀の潜戸が金の矢で光り輝いたという事と関係あるかは疑問です。
出雲大社に次ぐ出雲二の宮で、出雲造りの御本殿三社は国指定重要文化財になっています。
ここに祀られている神様が「佐太大神」です。別名は、加賀の潜戸で生まれたサルタヒコノミコト(猿田彦之命)です。佐太神社は加賀の潜戸と深い縁があり儀式で使う海蛇も関係しています。
佐太神社の三社に祀られる神様
- 正中殿に佐太大神(さだのおおかみ)=猿田毘古大神(さるたひこおおかみ)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)
- 北殿に、天照大神(あまてらすおおかみ)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)
- 南殿に、素盞嗚尊(すさのをのみこと)
カミムスヒは、スサノヲ(素戔嗚尊)に五穀の苗を渡した造化三神の一柱です。
オホクニヌシ(大国主命)が八十神に焼き殺されたとき、蘇生させるためにキサカヒメ(赤貝)とウムカヒメ(蛤)を遣わしたのがカミムスヒです。
天孫降臨の道案内神
佐太大神とサルタヒコ(猿田彦之命)は同じ神です。「出雲神話」の『十二話 国譲り、その後』に、アマテラス(天照大御神)がオホクニヌシ(大国主命)から葦原の中つ国を取り上げました(国譲り)。そして、新たに支配者となって降臨するのが孫のニニギです。この降臨の道案内役をしたのがサルタヒコノミコト(猿田彦之命)=佐太大神です。そしてサルタヒコノミコト(猿田彦之命)の出現は、眩いばかりに光り輝いていたという事となっていますが、加賀の潜戸が金の矢で光り輝いたという事と関係あるかは疑問です。
佐陀神能(さだしんのう)
由緒ある佐太神社で行われる伝統的な儀式に、御座替祭(ござがえさい)があります。ここで「佐陀神能(さだしんのう)」が舞われます。出雲神楽の代表的なもので、出雲の神楽全体に深く影響を及ぼしています。
「七座(しちざ)神事」「式三番(しきさんばん)」「神能」の三部から構成されています。
佐陀神能は昭和51年5月に国の重要無形民俗文化財に指定され、平成23年11月ユネスコ無形文化遺産リストに登録されました。
三種の神器(さんしゅのじんぎ)
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)の3つを合わせて、三種の神器(さんしゅのじんぎ)と呼びます。
これらは歴代の天皇が継承してきた、皇位の証となる最も神聖な宝物です。
これらは歴代の天皇が継承してきた、皇位の証となる最も神聖な宝物です。
八尺瓊勾玉は、知恵・太陽を象徴するもので現在は皇居にあります。
八咫鏡は、慈しみ・魂を象徴するもので現在は伊勢神宮にあります。
草薙剣は、勇気・武力を象徴するもので現在は熱田神宮にあります。
八咫鏡は、慈しみ・魂を象徴するもので現在は伊勢神宮にあります。
草薙剣は、勇気・武力を象徴するもので現在は熱田神宮にあります。
新しい天皇が、三種の神器を受け継ぐ儀式のことを「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」といいます。
天皇が崩御(亡くなる)、あるいは退位された直後、皇位のしるしである神器を新天皇が引き継ぐことで「皇位が正統に継承された」ことを世に示す、日本で最も重要かつ神秘的な儀式のひとつです。
天皇が崩御(亡くなる)、あるいは退位された直後、皇位のしるしである神器を新天皇が引き継ぐことで「皇位が正統に継承された」ことを世に示す、日本で最も重要かつ神秘的な儀式のひとつです。
スサノヲがヤマタノオロチから取り出した「草薙剣」も、この儀式で受け継がれていきます。
この儀式は皇居の「正殿 松の間(せいでん まつのま)」でとりおこなわれます。
儀式に用意される三種の神器は、熱田神宮にある草薙剣は、形代(身代わり)が用意され、皇居にある八尺瓊勾玉、伊勢神宮にあるアマテラスの魂とされる八咫鏡は、あまりに神聖なため儀式の場には持ち出されませんが、賢所(かしこどころ)という場所で別の儀式が行われます。
儀式自体は非常に短く数分で終わります。この数分で「数千年の歴史」が引き継がれます。
三種の神器は、「誰も見てはいけない」ことになっていて、剣も勾玉も立派な箱に入ったまま布で包まれていて天皇陛下ご自身も中身を見ることはありません。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)を 江戸時代、熱田神宮の神職がこっそり中身を見たという記録があります。それによると「長さ約80cm、白く光る金属製で、菖蒲の葉のような形」をしていたそうです。しかし、見た者たちは次々と病に倒れたとの恐ろしいオチがついています。
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は、 本物が皇居にある唯一の神器です。箱の中のさらに箱と幾重にも厳重に包まれており、一説には「赤い色をした大きな勾玉」だと言われていますが、今も誰の目にも触れず眠っています。
八咫鏡(やたのかがみ)は、 伊勢神宮にあり、「本尊」は円筒形の箱に入っていると言われています。
八咫鏡(やたのかがみ)は、 伊勢神宮にあり、「本尊」は円筒形の箱に入っていると言われています。
三種の神器を引き継いだ天皇即位後、数ヶ月〜1年後に行われるのが、一代に一度きりの大嘗祭(だいじょうさい)です。これが最も神秘的です。
新天皇が、その年に獲れたお米を、天照大御神(アマテラス)をはじめとする神々に供え、天皇ご自身も一緒に召し上がる儀式です。
「神様と一体になる」 この儀式を通じて、天皇は神々の力を受け継ぎ、名実ともに「日本の王」になられると考えられています。
たった一晩の このためだけに、皇居の中に大嘗宮(だいじょうきゅう)といわれる巨大な木の社殿が建てられます。そして、儀式が終わるとすぐに壊して燃やしてしまうのです。
この儚(はかな)さは、日本人が持つ美学に通じます。 観光スポット
島根県のお国自慢・魅力ポイント神話の里・出雲大社: 縁結びの神様として全国から参拝者が訪れ、※神在月には神々が集う場所。
国宝・名城と歴史: 松江城(国宝)、石見銀山遺跡(世界遺産)、津和野の街並みなど、歴史的価値の高い場所が豊富。
日本一の庭園: 足立美術館はアメリカの日本庭園専門誌で長年連続1位に選ばれる名園。
名湯の宝庫: 温泉津(ゆのつ)温泉、玉造温泉など、美肌の湯としても知られる温泉地が点在。
※神在月(かみありずき)神無月(かんなずき)は、旧暦の10月。
日本中の八百万(やおよろず)の神様たちが、島根県の出雲大社に集まって「縁結び」の会議を開くという伝承が元です。
神在月は、全国の神様が出雲に集まってきているという意味 で島根県・出雲地方だけの特別な呼び方。
神無月は、全国の神様が出雲へ出かけてしまい、各地に神様がいなくなるから。
1.出雲大社
誰もが知る日本を代表する神社。出雲大社に訪れるためだけに島根へ来る価値があるほど、一生に一度は訪れたい名観光地です。神話のふるさと出雲の象徴ともいえる出雲大社。数千年の歴史を漂わせる荘厳な空気に、思わず背筋がのびます。まずは、正門の勢溜(せいだまり)の大鳥居から参道に入ってみましょう。進んでいくと、日本の名松100選に選ばれている松並木を楽しめます。また、神楽殿正面には大しめ縄があり、その迫力に圧倒されます。
なお出雲大社の参拝は、「二礼四拍手一礼」が好ましいとされています。
2.松江城
全国に現存する12天守の一つ。近世城郭最盛期を代表する松江城はとても貴重であり、国宝に指定されています。最上階の望楼から見る景色はすばらしい見晴らし。また、城内にある興雲閣はレトロな洋館で、おしゃれな雰囲気に包まれています。
3.玉造温泉
玉造温泉は、2016年温泉総選挙で1位を獲得した名湯です。泉質はナトリウム・カルシウム・硫酸塩・塩化物泉を含んだ弱アルカリ性で、お肌がツルツルになると名高い美肌温泉です。
温泉の効果で肌のしっとり感が長続きし、古い角質も取ってくれます。
4.宍道湖
島根きっての夕日の名所。季節ごとに移り変わる湖の景色が美しい景勝地です。日没後、湖に浮かぶ嫁ヶ島がライトアップされて光に包まれる景色は絶景(嫁ヶ島のライトアップは 4月から11月末までの土日祝(荒天を除く)のみ)です。湖畔にはカフェが点在していて、湖を眺めながらのカフェタイムで極上の癒し時間を過ごせます。
5.石見銀山世界遺産センター
石見銀山を観光するなら、まず石見銀山世界遺産センターに立ち寄るのがおすすめ。遺跡や町並みの現地散策前に立ち寄り、石見銀山の価値や散策方法などのスタッフ解説を確認できます。模型や映像で石見銀山を知ることが出来る展示室の他に、低融点合金を使用した丁銀つくり体験や、本物の銀粒を持って帰れる銀探し体験も出来て、お土産や記念品としても好評です。
6.足立美術館
足立美術館は、近代から現代の日本画や陶芸、章画などを展示する美術館です。横山大観の作品を数多く所蔵しています。日本画と日本庭園との調和を基調としていて、専属の庭師により維持管理された日本庭園はとても美しいと評判。紅葉の時期に行くと、美しさにため息が出るほどです。館内にはカフェや茶室もあり和菓子などを食べながらゆっくりと景色を楽しめます。7.木綿街道
かつて、周辺エリアが綿花流通の道として使われていたため、木綿街道という名前になりました。歴史ある街並みの中には、造り酒屋や醤油蔵、おしゃれなイタリアンレストランや情緒あふれる古民家ホテル、カフェなどが点在。古き良きものと、先進的なおしゃれが見事に溶け合った通りです。
8.津和野の街並み
島根県西部に位置する津和野は「山陰の小京都」と称され、江戸時代の城下町の風情を色濃く残す歴史的町並みが魅力です。石畳の殿町通り、鯉が泳ぐ掘割、赤瓦の家々、太皷谷稲成神社の千本鳥居、そして周囲の山々の緑が調和した、静謐で情緒あふれる空間が広がっています。
9.月山富田城跡
戦国時代にこの地を治めていた尼子氏の居城跡が、月山富田城跡。難攻不落といわれた立地条件を目の当たりにできる城好きにはたまらない場所です。主家への忠義を貫いた山中鹿介の銅像や供養塔などがあり、その歴史に思いを馳せることができます。2006年には、日本名城100選にも選ばれました。また、桜の名所としても有名で、春にはたくさんのお花見客が訪れる人気スポットです。グルメ8選
シジミ・絶品グルメ: 出雲そば、浜田の赤天、しまね和牛も有名。1.出雲そば
島根県出雲地方の名物「出雲そば」。そばの実を皮ごと挽く「挽きぐるみ」で作られるため、風味豊かな香りとコシが強く、野趣あふれる味わいを楽しめます。三段に重ねられた冷たい「割子そば」と、温かい「釜揚げ」があります。3.のどぐろ
寒流と暖流が交わる栄養豊富な日本海で育まれた島根県の「のどぐろ(アカムツ)」。とくに島根沖で水揚げされるのどぐろは質が高く、全国的にも高評価を受けて白身のトロとも評される「のどぐろ」です。秋から冬にかけて旬を迎え、寒い季節ほど脂がのって美味しさが増します。
飲食店では塩焼きや煮付け、刺身をはじめ、炙りや寿司で楽しめます。
4.隠岐牛
隠岐諸島の自然豊かな環境で育てられた黒毛和牛「隠岐牛」。きめ細やかな霜降りと上品な脂の甘みが特徴です。潮風を受けた牧草と清らかな水で育つことで、肉質はやわらかく、旨みが濃厚ながら後味はさっぱりとしています。
5.赤天
「赤天」は、魚のすり身に唐辛子を練り込んだ鮮やかな赤色が特徴の練り製品です。パン粉を付けて揚げてあり、サクッとした食感とピリッとした辛さ、魚の旨みが絶妙に調和しています。出雲地方を中心に昔から親しまれており、島根県民のソウルフードとして人気です。
6.あご野焼き
「あご野焼き」は、トビウオ(あご)をすり身にして蒸し上げた練り製品で、豊かな旨みとしっとりとした食感が特徴の島根の郷土料理です。出雲地方を中心に古くから親しまれており、新鮮なあごの風味を活かした素朴な味わいが魅力です。
春から初夏のあご漁の時期が旬で、産卵のために回遊してくる脂がのったあごを使うことで、よりコクのある味わいになります。
7.うずめ飯
具材を隠すようにご飯をのせ、わさびをトッピングして熱々の出汁をかけて食べる「うずめ飯」出汁の風味と鶏肉や椎茸、かまぼこなどの具材の旨みが調和した郷土料理です。江戸時代の倹約令の影響で贅沢を隠すための工夫が始まりといわれています。





























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