ボルドーワイン  Ch.Pichon Lalande1982'

2018年4月10日火曜日

Bordeaux Le Medoc

t f B! P L
Ch. Pichon(Longueville Comtesse de)Lalande
【思い出】2000’6/25 
【大好き印】★★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine  / Medoc Seconds Cru Classe(第2級) 
【地 域】Bordeaux
【地 区】Medoc
【村 名】Pauillac 
【Cepages】46/CS  34/ME  12/CF 8/PV
【所有者】Lancquesaing婦人  (2006年以降はLouis Roederer社の所有に変る)
【醸造家】【管理者】2012年からニコラ・グルミノー(モンローズで活躍した醸造家)
【consultant   Enorogu】
【ETC.】シャトーのテラスに立つと、目の前にはジロンド河とCh.Latourの塔が見え、一面のブドウ畑はSt.-Julien村まで続いていく。まさにPauillacらしい力強く深みのある男性的な味わいと、隣接するSt.-Julienのエレガントさやしなやかさが共存するPichon Lalandeの味わいそのものを映し出した景観である。

当シャトーのLancquesaing婦人とCh.MargauxのCorinne婦人、この二人がボルドー唯一の女性オーナーです。
エチケット↴ 9-2



Madame・Lancquesaing

【歴史】
17世紀まで遡ると、Pichon LalandeとPichon Longuevilleは一つのシャトーでした。
当時の当主バロン・ジョセフ・ドゥ・ロングヴィル氏は相続のためにシャトーを5人の子供たちに分割。その結果、兄弟はPichon Baronを、姉妹はPichon Lalandeを受け継いだ。

1850年、当時Pichon Lalandeは3人の娘達が相続していたが、長女はすでに修道女となり、残りの2人の娘もすでに嫁いでおり管理が困難であったため1860年までは元々は一つのシャトーであった「Pichon Longueville Baron」が管理していた。
その後、ラランド王の下に嫁いでいた次女がワイン造りに関心を示したため、正式に分裂し「ラランド王国の王女(Comtesse de)Lalande)」の名前を持つシャトーが誕生した。

1925年当時ボルドーで「クルティエ」と呼ばれるシャトーとワイン商の間を取り持つ仕事を行っていたミアーイ兄弟(エドワードとルイ)がシャトーを買い取る。
1978年、エドワードの娘May Eliane de Lencquesaing Lancquesaing婦人がこのシャトーを引き継ぎ精力的な舵取りのもとで驚くべき品質改善が行われ、一級シャトーにも劣らない人気を獲得した。
2006年にはLouis Roederer社が買収し、伝統を重んじながらも最新の技術・設備を導入し更に品質を向上させている。過去にはポイヤックの中では断トツの女性らしい優美で華やかなワインスタイルと称されていましたが、2013年ヴィンテージはカベルネ・ソーヴィニヨン100%の力強い味わいをリリースし近年はカベルネ・ソーヴィニヨンの比率を調整し、少し力強さも意識しています。
また新樽の比率を半分にまで引き上げ、フルーティーさを意識した醸造が行われています。かつて早飲みも楽しめたワインでしたが、完全な長期熟成スタイルへと変化を遂げています。

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趣味として、Wineや台湾の紹介ブログを書いたり、台湾では大阪の食文化を紹介しながら「話せる日本語」を教えています。 30代前半で起業、60で引退、現在は大阪、南国台湾を往復しながらフリーランスな生活をしています。

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