2017年12月25日月曜日

発泡酒いろいろ

【フランス】
Champagne シャンパーニュ地方の特定の地域で作られたもののみに許される呼称。
Cremant 瓶内二次発酵など厳しい条件を満たしシャンパーニュと同じ製法で造られシャンパーニュ地方以外で造られたスパークリングワインの総称で1974年に正式にアペラシオンとして法的に認められたAOCです。ラングドック、ボルドー、ロワール渓谷、アルザス、ブルゴーニュといった多くの地方で生産されています。

Sparkling wineはVin Moussoux、Vin Effervescent。Blanquetteなどとも言われている。

【イタリア】Spumante
Prosecco はイタリアのヴェネト州で造られるグレーラというブドウを使用したスパークリングワインです。

Franciacortaの産地はミラノのあるロンバルディア州。
温暖な気候により、ブドウの完熟度が高く、果実味豊かな味わいのワインができあがる産地で、シャルドネ、ピノ・ネロ、ピノ・ビアンコが栽培されている。
シャンパーニュ地方と同じ瓶内二次発酵で造られていますが、シャンパーニュ地方の規定よりも瓶内熟成期間が長く、非常に厳しい規定になっています。また、シャンパーニュとは違う、ピノ・ビアンコという品種がイタリアのスプマンテらしいチャーミングな果実の特徴を出していま

ASti Spumanteはバローロや、バルバレスコの生産地としても有名な北イタリアのピエモンテ州で生産される優しい甘さのあるスパークリングワイン。
スパークリングワインのアスティ・スプマンテと、微発泡のモスカート・ダスティは共にモスカート・ビアンコというブドウから造られています。

Torentはイタリアで最も北に位置するトレンティーノ・アルト・アディジェ州で生産されています。トレントは瓶内二次発酵で本格的な造り方をして、複雑さや長い余韻とミネラル感が特徴のスパークリングワインです。ブドウはシャルドネ、ピノ・ネロ、ピノ・ムニエ、ピノ・ビアンコが使用できます。

Lambruscoは、エミリア・ロマーニャ州で造られる赤いスパークリングワイン。パルマ産の生ハムやパルミジャーノレッジャーノチーズ、バルサミコ酢でも有名な地域で、美食の都と呼ばれています。同じランブルスコでも「ランブルスコ・ディ・ソルバーラ」「ランブルスコ・グラスバロッサ」「ランブルスコ・サラミーノ」など分けられ、それぞれブドウが違いますが、いずれもランブルスコ○○と名前のつくブドウから作られています。

【スペイン】Cava
シャンパーニュ式製法を用いて生産されるスパークリングワイン。
大部分がカタルーニャ州ペネデス地域で生産されている。
1823年、ランスがスペインに侵攻し、革命派の自由主義政府軍を破った。この侵略はカタルーニャ地方にはスパークリングワインのシャンパーニュ式製法がもたらされ、スペインで初めてスパークリングワインが作られたのは1851年だとされている。
コドルニウ家のホセ・ラベントスは1860年代にヨーロッパ各国を回り、コドルニウ家のワインを宣伝した。ラベントスはフランス・シャンパーニュ地方にも滞在し、シャンパンと同様の伝統的手法を用いてスパークリングワインを生産することを思い立ち数年間の試行錯誤の末の1872年、マカベオ種・チャレッロ種・パレリャーダ種などの伝統品種を用いて、バルセロナ近郊の サン・サドゥルニ・ダノイアでスパークリングワインを生み出すことに成功した。生産成功から25年後にコドルニウ社がスペイン王室御用達のスパークリングワインとなっている。
Catalunya
 Codorniu社
Freixenet社 

フランス発泡性ワイン  Blanquette Methode Ancestrale (Vergnes)



【思い出】2003’07/00
【大好き印】
【種類・格付けAOC. Blanquette Methode Ancestrale
【地 域】Languedoc South
【地区Limoux(バスク人の町)
発泡性ワインでその名が知られていて3つののAOCがある。
1)Blanquette Methode Ancestrale
このACは「祖先伝来の手法」で造られるもので、その製法は、シャンパンと同じ壜内醗酵だが、壜熟前のリクード・ド・ティラージュを行わない。葡萄が本来持つ糖分と気温の変化だけで、自然醗酵が行われるもの。壜詰めは必ず3月の「月の下降期(Vieille Lune)」と決まっている。この時期でないと十分な泡が出来ないと言い伝えられている。
金色を帯びた淡い黄色で、アルコール度は幾分低いが、骨組みのしっかりした美酒。使用品種はモーザック100%。生産量 5,957hl (126ha)
2)Blanquette de Limoux
3)Crémant de Limoux
この2つのACは、祖先伝来の壜内発酵の自然完了を行うものではなく、シャンパンと同じように、通常の壜内二次発酵方式で造るもの。モーザック、シュナンブラン、シャルドネ種の3つの品種を使う。違いは、熟成期間がBlanquette de Limoux9ヶ月以上、
Crémant de Limoux 12ヶ月以上。
【Sepages100/モーザック 
【所有者】【生産者】【栽培業者】Vergnes氏はこの地方の伝統的品種であるモーザック種(ブランケット)を主体に、優れたブランケット・ド・リムーを生産する。
エチケット↴
【ETC.1】シャンパーニュ地方以外の発泡性ワインは、Cremant(クレマン)、Vin Moussoux(ヴァン・ムスー)、Vin Effervescent(ヴァン・エフェルヴサン)などと様々な呼び名が付けられているが、ラングドック地方では伝統的にBlanquette(ブランケット)と呼ばれる。この名はモーザック種の葉を覆う柔らかな綿毛に由来する。
【ETC.2】Limouxの発泡性ワインは、地元の伝説によると、1531年、リムーの町の程近い、ベネディクト派のSt-Hilaire(サン・ティレール)修道院のカーヴで、コルクで閉めた瓶の中でワインが発酵し、泡だっていることを修道士が偶然発見したと言う。シャンパーニュのドン・ペリニオン師の伝説よりも1世紀も早い発見であることから、「世界最古の発泡性ワイン」と言われている。
【ETC.3】Languedoc地方は、地中海沿岸の隣国スペインに近い、ピレネー山脈の裾野に広がる地域で、葡萄の歴史は古く2700年前、ギリシャ・ローマの植民地時代に始まり、フランスの安価な日常ワインの半分以上がこの地域で生産されるという、同国最大の葡萄畑を有する地区ですが、最近では、AOCに昇格するワインもある一方、イタリアからの安価なワインに対抗するため、ヴァンド・ド・ペイを目指す動きも有ります。
Limoux

イタリアワイン Del Palio Vineyards (Chardonnay)

【思い出】2003'07/00 
【Menu】
【大好き印】★★
【種類・格付けDOC 
【地 域】Italy Emillia Romagna
【地 区】Rubicone
【栽培業者】【生産者】L'Arco 社 。 ヴァルポリチェッラの高名な「クインタレッリ」の弟子ルーカ・フェドリーゴ氏のワイナリー。
sepages】Chardonnay
【ETC.】
エチケット↴
2-1

2-2


2017年12月24日日曜日

ボルドーワイン  Ch.Beychevelle 1999'

【思い出】2003'7/8  金田先生をお招きし前日釣ってきたイカ料理で盛り上がりました
【大好き印】★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine  / Medoc Quatriemes Crus  (第4級)
【地 域】Bordeaux
【地 区】Medoc
【村 名】St.-Julien
【所有者】サントリーが共同所有者
【Sepages】60/CS  8/CF  28/ME  4/PV
【ETC.】優雅さとフィネスを保つ引き締まったボディが特徴。
カベルネの比率が高く長期熟成型のどっしりとしたワインが多いメドックにおいて、メルロの比率を高くし、早くから飲める親しみやすいスタイルを目指すベイシュヴェルの存在は特殊かも。
エチケット↴

【シャトーの歴史】
16世紀にこの城に住んでいたフランス海軍提督エペルノン公爵に敬意を払い、ジロンド河を通る船はこの城の前では「ベッセ ヴォワール(帆を下げよ)」と叫び、帆を下げて通っていました。この言葉が語源となり、ベイシュヴェルと名付けられています。
1757年にブラシエ侯爵が中世に立てられた城を取り壊し、その石材を使って建築し直し、ボルドーで最も美しいと言われている城です。
17世紀中頃からワイン造りが行われブラシエ侯爵所有の時代頭角を現しますが、2代目がフランス革命により追放されて一時名声にかげりが見えました。
その後パリの銀行家アルマン アイン氏の所有に移り急速に復興します。彼の孫が亡くなった後、所有権が保険会社GMFグループに移り、1989年GMFとサントリーの共同出資会社グラン ミレジム ド フランス社の経営となっています。

PHSゴルフコンペ

パナソニック・ホーム・ソリュージョン ゴルフコンペ 20030628


アイビールック

2003’7月ごろの日経新聞の切抜き


2017年12月23日土曜日

ボルドーワイン  Ch.D'Aiguilhe 1996'

【思い出】2003’6/24 家飲み 酸味が足りなく甘味が強くボケタ感じ。
【Menu】
【大好き印】★★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine  / AC Cote de Castillon
【地 域】Bordeaux
【地 区】Libournais
【村 名】Cote de Castillon
【Sepages】20/CF  80/ME  
【ETC.】粘土質石灰岩。丘の上部で水はけがよい50haの南向きの畑。
【所有者】Stephan von Neipperg伯爵 他にCh.La Mondotte,Ch.Canon La Gaffelie're ,Clos de L’Oratoire などを所有。エチケットの家紋でわかります。
コート・ド・カスティヨンとサン・テミリオンの境に位置するCh.D'Aiguilheは、「Aiguille(針)」という名前の通り、片側が丘、もう一方が小さな谷間という岩の多い切立った高台にある50haの畑。この高台まで、サン・テミリオンから続く石灰層が横たわっており、コート・ド・カスティヨンにありながら理想的なテロワールである。
【コンサル】Stephane Derenoncourt
【栽培方法】ブドウはビオディナミの手法をもとに、堆肥や植物をベースとした調剤を使用するなど環境にやさしい栽培法を採用し月暦に合わせて作業を行う。
【醸造方法】2015年に最新の醸造設備が整えられ、近代化が完了した。重力を利用した移送システムを取り入れ、新たに設置された9つの円錐型のコンクリートタンクを含む26のタンクでの発酵後、マロラクティック発酵とフレンチオーク樽を用い熟成させられている。
エチケット↴
6-2
20030700       6-3
Ch.La Mondotte
Ch.Canon La Gaffelie're
 Clos de L’Oratoire


2017年12月11日月曜日

ボルドーワイン  Ch.Beychevelle 1999'

【思い出】2003'7/3 家飲み
【大好き印】★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine  / Medoc Quatriemes Crus  (第4級)
【地 域】Bordeaux
【地 区】Medoc
【村 名】St.-Julien
【所有者】サントリーが共同所有者
【Sepages】60/CS  8/CF  28/ME  4/PV
【ETC.】優雅さとフィネスを保つ引き締まったボディが特徴。
カベルネの比率が高く長期熟成型のどっしりとしたワインが多いメドックにおいて、メルロの比率を高くし、早くから飲める親しみやすいスタイルを目指すベイシュヴェルの存在は特殊かも。
エチケット↴




ボルドーワイン  Ch.Cosd'Estournel 1997'

【思い出】2003’7/2 スッキリした凝縮感、流石だと思う。
【大好き印】★★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine  / Medoc Grande Cru Classe(第2級) 
【地 域】Bordeaux
【地 区】Medoc
【村 名St.-Estephe
【Sepages】65/CS  2/CF  33/ME  Medocにしては珍しくMerlotのブレンド比率が高い
【所有者】このシャトーは、何度か売却が繰り返えされ、1917年にはボルドーを代表するワイン商人であったフェルナルド・ジネステに買い取られる。2000年に再び売却され、今ではソシエテ・デ・ドメーヌ・レビエが所有。
【醸造責任者】Bruno Prats
【ETC.】シャトーはアジアのパゴダのような外観でポイヤックの北境にあるLafit Rothschildを見下ろす丘にあります。
エチケット↴



2017年12月4日月曜日

南アフリカワイン  Boland Kelder

【思い出】2003'6/00  家飲み
【大好き印】★★
【産 地】Suid Afrika(南アフリカ)
【地 区ケープタウン
【生産者】アルトゥス・ル・ルー(チーフセラーマスター)
【sepages】Chardonnay
【ETC.】ボーランド・セラーは南アフリカワインの銘醸地域コースタル・リジョンのパール地区を中心に様々な畑を所有しています。そして、その地区にあった葡萄品種を栽培しいずれも高水準なワインに仕上げています。
エチケット↴
2-1
2-2
【ETC.】
ワイン醸造に350年の歴史が有、南アフリカ共和国のワインの歴史は、その建国の歴史とほぼ時を同じくして始まっています。
1652年、オランダ東インド会社が東洋航路の中継点として、ケープタウンの町を中心に開拓を始め、以後オランダ人の入植は進み、それとともにぶどうの木がもち込まれました。入植が始まってから8年目の1659年には最初のワインが造られたといいます。
1680年には、清涼な緑の谷間コンスンタシアに10万本というぶどうの苗木が植えられ、同時にフランス名醸地からの入植者がオランダ人入植者にぶどう作りの技術を伝え南アフリカに本格的なワイン産地としての基礎が築かれたのです
1795年に南アフリカはイギリスの植民地となり、南アフリカのワインはイギリスの民衆に広く親しまれるようになりました。しかし、イギリスの酒税法がフランスワインへの税金を免ずると改正されたことにより、フランスワインの市場拡大、フィロキセラの被害などにより、徐々に生産量は落ち込んでしまいます。
1918年に南アフリカワイン醸造者共同組合連合(KWV)が誕生し、中心的存在としてワイン産業を引っ張り、品質の向上を図ってきました。そして近年では新世界ワインの一員として注目されています。
その歴史の過程でシュナン・ブラン(別名スティーン)、シャルドネ、ソーヴイニヨン・ブラン、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルローなどのヨーロッパ品種がもち込まれました。しかし1900年代に入って、赤ワイン用品種のピノタージュという南アフリカ独自の品種も生まれています。
南アフリカワインは、1973年に制定された原産地呼称制度(WO/WINES OF REGION)により管理・規定され、品質検査に合格したワインには、決められたステッカーか貼られます。

2017年12月2日土曜日

ボルドーワイン  Ch.D'Aiguilhe 1996'

【思い出】2003’6/24 家飲み 酸味が足りなく甘味が強くボケタ感じ。
【Menu】
【大好き印】★★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine  / AC Cote de Castillon
【地 域】Bordeaux
【地 区】Libournais
【村 名】Cote de Castillon
【Sepages】20/CF  80/ME  
【ETC.】粘土質石灰岩。丘の上部で水はけがよい50haの南向きの畑。
【所有者】Stephan von Neipperg伯爵 他にCh.La Mondotte,Ch.Canon La Gaffelie're ,Clos de L’Oratoire などを所有。
コート・ド・カスティヨンとサン・テミリオンの境に位置するCh.D'Aiguilheは、「Aiguille(針)」という名前の通り、片側が丘、もう一方が小さな谷間という岩の多い切立った高台にある50haの畑。この高台まで、サン・テミリオンから続く石灰層が横たわっており、コート・ド・カスティヨンにありながら理想的なテロワールである。
【コンサル】Stephane Derenoncourt
【栽培方法】ブドウはビオディナミの手法をもとに、堆肥や植物をベースとした調剤を使用するなど環境にやさしい栽培法を採用し月暦に合わせて作業を行う。
【醸造方法】2015年に最新の醸造設備が整えられ、近代化が完了した。重力を利用した移送システムを取り入れ、新たに設置された9つの円錐型のコンクリートタンクを含む26のタンクでの発酵後、マロラクティック発酵とフレンチオーク樽を用い熟成させられている。
エチケット↴



2017年11月29日水曜日

ボルドーワイン Ch.Moulin Saint Georges 1998'

【思い出】2003'6/24 家飲み
割烹「手崎」の親父に紹介されて以来、我家の食卓に並んでいます。色 あくまで濃く深く華やかな香りを食卓に漂わせています。
Ch.Ausoneのオーナーが造り出すお買い得な傑作ワインMoulin Saint Georges、4000円でした。
【大好き印】★★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine  / St-Emilion Grands crus 
【地 域】Bordeaux
【地 区】Libournais
【村 名】St.Emilion
【所有者】カトリーヌ&アラン・ヴォーティエ
【Sepages】6/CS  34/CF  60/ME  /PV 
【平均年間生産量】3万5000本
【畑】7ha、平均樹齢25年、植樹密度5500本/ha、平均収量45hl/ha
【育て方】発酵とマセレーションは温度管理されたステンレス槽で21~28日間。マロラクティックと15~18ヶ月間の熟成はオークの新樽で行う。清澄と濾過はヴィンテージによる。
【ETC.】南東向きのオーゾンヌと道を挟んですぐ向かいの西向き斜面に畑があり、土壌も同じ粘土石灰質、オーゾンヌのジュニア版的なワインですが両シャトーの畑は離れておらず、しばしば、より誉れ高い兄貴分の特徴を持っている事が多い。
Ausoneをもっと早く熟成させ、若いうちに飲むのに適した、安目のワインにしたと思えばよい。ここのワインは、通常どのヴィンテージでも最高の掘り出し物で、価格がリーズナブル、サン=テミリオンで最もお値打ちなワインの1つ。
エチケット↴
Ausone


2017年11月28日火曜日

ボルドーワイン  Ch.Macquin S'georges 1998'

【思い出】2003’6/00
【Menu】
【大好き印】★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine / AC St-Georges St-Emilion 
【地 域】Bordeaux
【地 区】Libournais
【村 名】Saint Georges St.Emilion
【Sepages】10/CS  10/CF  80/ME  
【ETC.】サン・ジョルジュ・サン・テミリオンは、栽培面積200haというサン・テミリオン – ポムロール – フロンサック地区の中で最も規模の小さなアペラシオンですが、素晴らしい長期熟成の可能性を秘めており、熟成とともに立ち表れる魅力的な骨組みが堪能できます。ビロードのようになめらかなタンニンと濃い紫色の外観が特徴で、熟成が進むにつれて煉瓦色を帯びる。カシスと赤い果実の香りから、次第に樽香やスパイス香が感じられるようになります。
【所有者】【生産者】【栽培業者】
エチケット↴
3-3

2017年11月27日月曜日

阪神巨人戦 観戦

金田に頂いたチケットで大野家と観戦。
凄い盛り上がり、太鼓や鳴物に合わせて大半の人が手拍子を打ち歌う姿は少し異常。この熱い感情を日比野生活に直結する政治にむけたらどうや。馬鹿者が!!


イタリアワイン Eugenio Collavini Villa Canlungo Pino Grigio

【思い出】2003'6/18  ホームパーティーWith横山、山室
【Menu】前日 泉佐野漁港で仕入れたシャコ、車エビなどの魚介類と楽しい話で3時間。
【大好き印】★★
【種類・格付けDOC 
【地 域】Italy Friuli
【地 区】Venezia Glulia
【栽培業者】【生産者】Eugenio Collavini
sepages】Pinot Grigio
【ETC.】6/17泉佐野漁港で大野、金田、甲斐、西田、4家でバーベキューパティー
エチケット↴
2-2

ボルドーワイン  Ch.Les Comtes de Jonqueyres (B) 2001'

【思い出】2003’6/00
【Menu】
【大好き印】
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine / AOC Bordeaux
【地 域】Bordeaux
【地 区】Libournais
【村 名】Pomerol
【Sepages】60/Semillon  40/SB 
【ETC.】Ch.ClinetやCh.Beau Soleilを作った天才醸造家ジャン・ミシェル・アルコートは2001'海で事故死する。
【所有者】【生産者】【栽培業者】ジャン・ミッシェル・アルコート
エチケット↴
2-1
2-2
Ch.Clinet
 Ch.Beau Soleil

2017年11月14日火曜日

ボルドーワイン  Ch.Lafon Rochet 1964'

【思い出】2003'6/8 家飲み  熟成度100% 凄いワインを飲んじゃった。
【MENU】鉄板焼き(ヒレ、ロース、貝柱、アスパラ‥・・・)わかめサラダ
【大好き印】★★★
【種類・格付け】AOCワイン / Chateau Wine / Medoc Quatriemes Crus (第4級)
【地 域】Bordeaux
【地 区】Le Medoc
【コミューン】Saint-Estephe
【生産者】Ch.Lafon Rochet (Ch.Pontat-Canetと同一所有者)
【Sepages】40/M  55/CS  5/CF
【ETC.】Cos-d'Estournelの隣畑。
エチケット↴


ボルドーワイン  Ch.Talbot 1997'

【思い出】2003’6/00 St.-Julienらしく非常に重量感のあるものでした。
【大好き印】★★
【種類・格付けAOCワイン / Chateau Wine / Medoc Quatriemes Crus  (第4級)
【地 域】Bordeaux
【地 区】Medoc
【村 名】St.-Julien
【所有者】Cordier一族
【Sepages】66/CS  3/CF  26/ME  5/PV 
【ETC.】gruaud Laroseの妹分。
エチケット↴
4-4
gruaud Larose

2017年11月13日月曜日

3分割されたLeoville

3分割されたLeoville


シャトーの発展の基礎を築いたのは、ボルドーの財政部長だったジャン・ドゥ・モワティエだった。後に彼の娘ジャンヌ・ドゥ・モワティエへと相続され、1722年、彼女の結婚によって、レオヴィル領主でボルドー議会モルティエの委員長であったブレーズ・ドゥ・ガスクが管理を行うようになり、彼はレオヴィルのワインを世に知らせることに苦心し続けた。1766年、ジャンヌ・ドゥ・モワティエは亡くなり、子供がいなかったため、遺産は甥や姪に渡った。
フランス革命時、その遺産を相続していた少将ピエール・ジャン・ドゥ・ラスカーズは、レオヴィルの畑の1/4を、売却することを余儀なくされた。その後、長子相続法の廃止によって、残る3/4の土地は彼と妹のジャンヌとに分けられた。
この2つの分割が、他のレオヴィルである「レオヴィル・バルトン」と「レオヴィル・ポワフェレ」が誕生するきっかけとなった。

『Leoville Las Cases 』 https://wine.old-vintage.com/user_data/1205_info
【格付け】メドック2級
【アペラシヨン】Saint-Julien
【総責任者】Jean Hubert Delon
【畑面積】 97ha
【年間平均生産量】 約12万本
【作付け割合】 CS/65% ME/19%  CF/13%  PV/3%
【平均樹齢】 約30年
【植樹密度】 約8,000本/1ha
【タンクの種類】 木製タンク、コンクリートタンク、ステンレスタンク
【樽熟成の期間】 約18ヵ月
【新樽比率】 約60%の新樽
“セカンドワイン”という概念を先取り
1900年、現所有者のジャン・ウベール・ドゥロンと妹ジュヌヴィエーヴ・ダルトンの曽祖父であるテオフィル・スカウィンスキが会社の資本を購入し、経営管理を行う。
その後、代変わりをしながら、現在はジャン・ウベール・ドゥロンが管理を行っている。
「クロ・デュ・マルキ」という銘柄は、19世紀末にテオフィル・スカウィンスキによって作られた。仲買人の伝票によると20世紀初頭から定期的にこのワインが取引されていたことが分かる。
このワインはラス・カーズ侯爵の住居、シャトー・レオヴィルに隣接した小さい囲いをした丘で造られたブドウによるものだった。これはそれまでは存在しなかった“セカンドワイン”という概念の先取りであり、1980年頃からより発展し、広まっていった。

『Leoville Barton』 https://wine.old-vintage.com/user_data/1210_info
【格付け】メドック2級
【アペラシヨン】Saint-Julien
【総責任者】Anthony Barton
【畑面積】 45ha
【年間平均生産量】 約26万本
【作付け割合】CS/72%  ME/20%  CF/8%
【平均樹齢】 約35年
【植樹密度】 約9,000本
【タンクの種類 】木製タンク
【樽熟成の期間】 約18ヶ月
【新樽比率】 約60%の新樽
1722年、トーマス・バルトンは故郷アイルランドを離れ、事業を始めるために、当時大西洋の玄関口として大きな商業港であったボルドーへ移住する。そこで彼は、現在でも存在する卸売商のバルトン・アンド・ゲスティエ社を創設した。
バルトン家は、彼の孫ヒューの時代にさらに栄え、財産も増えていった。1821年、彼はシャトー・ランゴアを購入。1826年には、レオヴィルの敷地が分割された際に、その一部を購入する。
その後、3世代が相次いでシャトーを相続したが、1902年にロンドンで生まれたロナルドの代には、フランスでの事業は大きく発展した。また、彼は2つの戦争の間もブドウ畑を無傷で守ることに成功し、シャトーの発展の礎を築いた人物となった。
1951年、アントニーがフランスに移住、1954年にバルトン・アンド・ゲスティエ社の所有権の50%をシーグラムグループが握ることになったが、1967年までアントニーは輸出部長として従事した。彼は1967年に、レ・ヴァン・ファン・アントニー・バルトン社を創立し、1983年にロナルドが亡くなった後、シャトーを引き継いだ。彼は娘のリリアンと一緒にバルトンの伝統を守り続けている。

Leoville Poyferre』 https://wine.old-vintage.com/user_data/1204_info
【格付け】メドック2級
【アペラシヨン】Saint-Julien
【総責任者】Didier Cuvelier
【畑面積】 80ha
【年間平均生産量】 約24万本
【作付け割合】CS/58%  ME/31%  CF/2%  PV/9%
【平均樹齢】 約28年
【植樹密度】 約8,500本
【タンクの種類】 ステンレスタンク
【樽熟成の期間】 約18ヶ月
【新樽比率】 約70%の新樽
レオヴィル・ポワフェレの歴史は1638年まで遡る。その当時、この一帯は開拓者ジャン・ド・モワティエの名前に由来した“モン・モワティエ”と呼ばれており、まだ排水作業すら行われていなかった時代のことである。
1740年、婚姻によって貴族であったレオヴィル家のアレクサンドル・ド・ガスクに所有者は代わった。彼の死後からフランス革命まで、様々な所有者の手に渡ってきたのだが、当時はこの畑を分割して販売することが出来なかったため、メドックの中でも最大の葡萄畑であり続けた。
規模の大きさだけではなく、“特に優れた葡萄を生み出す畑”としても認められており、有名な1855年の格付け以前の、1745年以降のヴィンテージを対象としたギュイエンヌ地方(ボルドーを含むフランス南西部)の最初の格付けから、すでにレオヴィル・ポワフェレ(レオヴィル・ラスカーズとレオヴィル・バルトンを含む)は第1級に格付けされていた。

その後、この広大な畑は4人の相続人の手に渡ったことから、次第に分割されることとなる。その一人であったマルキ・ド・ラスカーズが他国へ移民する際に、彼が所有していた畑の一部を国家へと売却、1826年にこれをユーグ・バルトンが買い取り、「レオヴィル・バルトン」というシャトーが生まれる。
さらに、マルキ・ド・ラスカーズの2人の子供は、彼らの叔母が所有していたレオヴィル家の畑の4分の3を引き継いだが、1840年には2つに分割された。ナポレオンの伝記者として、またナポレオン政権下の元帥として有名であった、長男のピエール・ジャンがそのうちの一つを継ぎ、これが今日の「レオヴィル・ラスカーズ」となった。
残りの半分は、ピエールの妹であるジャンヌの娘が所有することになり、彼女がジャン・マリー・ド・ポワフェレ男爵と結婚したことにより「シャトーレオヴィル・ポワフェレ」が誕生した。
3つに分割されて迎えた1855年の格付けでは、いずれのシャトーも2級の格付けと評価されている。
レオヴィル・ポワフェレはその後、エルランジェ男爵と当時の「カントナック・ブラウン」の所有者であったアルマンド・ラランドに売却され、ラランド・ロートン家からキュブリエ家などへ所有者を代えていく。1979年からはキュブリエ家の一人であるデディエ・キュブリエがオーナーとなっている。